超越的器と超越的召命

 さて、この超越的器、道具、人々には、超越的な卓越した召命があります。ユダヤ人には地の民に仕えるという地的な召命、この地上での時間に属する召命がありました。ユダヤ人には依然としてこのような目的を果たす使命がある、と多くの人々が堅く信じています。他の人々は――その人々の中には傑出した聖書教師たちがいます――「神の経綸としてのユダヤ人の時代は終わったのであり、今ではユダヤ人の失敗によりすべてが教会に移った」と信じています。これについて議論するつもりはありません。そのようなことはまったく考慮しません。神のエコノミーの中でユダヤ人は地的・時間的目的を果たすために起こされた、という事実は残ります。しかし、この教会は永遠の救いにあずかっており――使徒が言うように、世が造られる前からキリスト・イエスにあって永遠の選びにあずかっていました――これには天で神の諸々の御旨に仕えるという超越的召命があります。教会の召命、使命は何か永遠のものです。ここにあるのは途方もないものなのです。

 私たちはしばしば次のような言い方をしますが、これはまさにエペソ人への手紙が教えていることです――これについてはさしあたって別の仕方で触れなければなりません――すなわち、この世の動向はある霊的階層組織の影響を受けているのです。霊的識別力があまり無い人々、再生された神の子供であるという本質的意味に照らしてクリスチャンとはとても思えない人々でさえ、この世の動きの背後には邪悪な力、悪の力、邪悪な知的存在があることを理解して認めています。彼らはその名を言うこと、それをサタン、悪魔等と呼ぶことをためらうかもしれません。しかし、聖書はまさにそう呼んでいます。この世の歴史の流れの背後には、ご存じのように――戦争、敵対、憎しみ、苦々しさ、残酷さ、利益の衝突や要求全般、他のあらゆることの背後には――邪悪な知的存在、活動中の力、ある体系があって、被造物における神の栄光を台無しにしようとしています。そしてここでは、この体系はいわゆる「天上」にある、と述べられています。つまり、この体系は地の上にあるものであり、まさに空中にあるものなのです。まさに大気中にある、と言っても構いません。それを感じられる時もあります。「その大気をナイフで切り裂」ける寸前になることもあります。まさに空中に悪しき邪悪なものがあるのがわかることもあります。それを人々のせいにはできません。その人々の背後や周りに何かがあるのです。これはあまりにも現実的です――触れそうに思うこと、臭いをかげそうに思うこともあります――悪しき邪悪な何かがあるのです。これこそこの世の組織や秩序を支配しているものです。

 さて、この手紙が述べているのは次のことです。この教会を神は永遠の過去から計画し、予知し、選ばれました。そして、この教会は最初ペンテコステの日に誕生し、その後いくつもの世紀を経て霊的に成長してきました――この教会がこの地を支配しているこの邪悪な統治の代わりにその地位に着くのです。教会はこの邪悪な統治を終わらせ、それを領土から追い出して、自らがその地位に着かなければなりません。それは来たるべき代々の時代に、この世を治める影響力を教会が及ぼすようになるためです。これがこの手紙が教えていることです。これは超越的召命、超越的使命です。なぜなら、この人々には超越的性質があるからです。これが真のクリスチャン生活――真にキリストにある人の生活――の秘訣です。この人々はどこかしら異なっています。この世にとって、クリスチャンは問題であり謎です。あなたはこの人々を地のいかなる部類にも分類できません。クリスチャンを分類整理することはできません。どういうわけか、彼らはいつもあなたをかわしてしまいます。彼らを追い出すことはできません。

 さて、この手紙でパウロはまず第一に、この超越的召命について述べます。次に彼は言います。この召命の偉大さのゆえに、この教会はそれに相応しく振る舞わなければならない、と。「私はあなたたちにお願いします。どうかあなたたちが召された召しにふさわしく歩んで下さい」(エペソ四・一)。振る舞いを召命に合わせて調整しなければなりません。ああ、クリスチャンの民が自分たちの召しにふさわしく振る舞っていれば――自分たちの偉大な永遠の天的使命にふさわしく振る舞っていれば!しかし、この召し、この運命、この使命、この地位のゆえに、この力強い邪悪な階層組織は力を尽くして教会と称されているこの器を破壊しようとしています。それゆえ、この教会を巡って、途方もない恐るべき戦いが空中で行われているのです。そして、クリスチャンたちはこの戦いに遭遇しています。自分の召しに従って生きようとすればするほど、ますますその難しさがわかります。また、何かが自分に敵対していることがわかります。これは激しく厳しい霊の闘争なのです。


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Re: No title

プーさま

パレスチナ問題についてコメントを寄せて下さり、ありがとうございます。ご指摘の通り、福音派の多くが現在のイスラエルを聖書預言の成就と見なしていることは事実です。そして、親イスラエル的姿勢のせいで、クリスチャンのパレスチナ人への配慮に欠けているのも残念ながら事実だと思います。

他方、キリスト教左派等はどちらかというと親パレスチナで、現イスラエルに対して批判的です。キリスト教界外部の世界でも、やはり反イスラエル的傾向が最近顕著に強まりつつあります。特に日本では左翼系メディアが反イスラエル的報道を連日しているため、大多数の日本人はイスラエルに悪印象を抱いています。

パレスチナ問題についてはこのように様々な見解があって、まさに百科争乱の状態ですが、このような問題に触れるにつけ思い出すのがウオッチマン・ニーの祈りです。日本が中国を侵略していた頃の話ですが、中国人のウオッチマン・ニーはケズイックの集会で「私は中国のために祈りません。日本のために祈りません。中国と日本における主の権益のために祈ります」と祈りました。この祈りをパレスチナ問題にあてはめると、「私はイスラエルのために祈りません。パレスチナのために祈りません。中東における主の権益のために祈ります」となるのではないでしょうか。要するに、親イスラエル(反パレスチナ)や親パレスチナ(反イスラエル)といった政治的主張ではなく、親キリストということだと思います。

ただ、このような祈りをするには地的立場を離れて、天上の立場に立つ必要があります。クリスチャンはすでに「キリストと共に天上に座」しているわけですから、この事実を主観的に経験することが大事なのではないでしょうか。クリスチャンでも地的立場に落ち込んでしまうなら、容易に親XXXX、反△△△△となって、いつのまにか主が脇に追いやられてしまいます。遺憾なことに、今のクリスチャンの大部分はそのような状態にあるように思われます。

このような遺憾な状態を解決する方法はただ一つ、活ける主イエス・キリストに立ち返ることだと思います。そして、キリストの心を心とすることだと思います。そうするなら、パレスチナ問題に限らずあらゆる問題に対して、キリストと同じ心で処することができるのではないでしょうか。

プーさんの諸々の疑問にどうか主御自身が答えて下さいますように。

オリバー

No title

オリバーさんへ
お返事ありがとうございます。
ウォッチマン•ニーのその祈りは、オリバーさんの本館で読んだとき感銘を受けました。日中間のことを思うときはときどき思い出すのですが、日々のニュースを見て人間の現実社会につかっているとすぐ頭から抜け落ちています。
オリバーさんにご紹介いただいた『イエスの時』の第二篇が先に届いてそれから少しずつ読んでいます。今日読んだ箇所がまさにその問題に対する聖書の御言葉からの回答でした。ラジオでは今回の爆撃でダメージを受けたパレスチナへの支援のニュースがちょうど流れていました。

 その日、イスラエルはエジプトとアッスリヤと共に三つ相並び、全地のうちで祝福をうけるものとなる。万軍の主は、これを祝福して言われる、「さいわいなるかな、わが民なるエジプト、わが手なるわざアッスリヤ、わが嗣業なるイスラエル」と。
(イザヤ書19章24-25節)
 「皆さん、イスラエルの神は、人を偏り見ることはありません。神の前に全人類は、等しく罪人であると同時に、等しく神に愛されている子供です。神のひとり子イエスは、アメリカ人の救いであり、また、私のような日本人も等しく救ってくださるのです。イエス様は、イスラエル人の救い主であると同時に、アラブ人の救い主でもあるのです。今、朗読したイザヤ書の十九章には、イスラエルと隣邦諸国との間の、平和と友好の関係が預言されています。神は実に明白に、エジプトも御自身の深い愛の対象であり、イスラエルの民と分け隔てなく、重要視している、と宣言なさったのです。・・・」

 神様は、ハガルの悲しみにも目をとめておられたことを思いだしました。すべての人を神様の憐れみのうちにおいてくださいますようにお祈りします。いつも混乱しやすい私の疑問にお答えくださりありがとうございます。オリバーさんをいつも聖霊が導いて下さり、神様からの知恵に益々の富ませてくださいますように、お祈りします。

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Re: No title

まこさま

当園を御愛用下さり、ありがとうございます。

当園で紹介している海外の書物は、私が一人で訳しています。
「塵も積もれば山となる」ということわざがありますが、日々少しずつ翻訳を進めていたら、このような分量になってしまいました。しかし、当園の目標である「古今東西の優れた福音的名著を紹介する」という志は、まだ1%も達成されていません。道は遠いですが、あせらずのんびりと進んで行こうと思っています。

まこさんの上に主の豊かな祝福がありますように。

オリバー

Re: No title

プーさま

返事が遅くなって申し訳ありません。

ブルームハルトの伝記の中にある死者の霊に関する記述には、正直言って私も疑問に感じました。しかし、「多少疑問はあっても、この伝記を公開することは、福音的クリスチャンの益になる」と総合的に判断して掲載に踏み切りました。私自身は、ブルームハルトや他の人々が見た所謂「死者の霊」のほとんどは悪鬼が偽装したものではないかと考えています(ただし、サウル王に現れたサムエルの霊、変貌の山でキリストに現れたモーセの霊等の例外もあります)。A.B.シンプソンも同様の考えを「新創造のこだま」という本(本館の方で紹介しています)の中で述べています。ただ、この問題について聖書は明確な答を与えていないように思われます。ですから、ブルームハルトや他の人の方が正しくて、私の理解が間違っている可能性も十分にあります。いずれにせよ、もしこうした問題に実際に出くわしたら、使徒ヨハネが述べているように「霊を試す」ことが大事だと思います。

輪廻転生や生まれ変わりについては、ヘブル九・二十七の「そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっている」という御言葉から非聖書的であることがはっきりと分かります。

それからカトリックが信奉している「煉獄」の教理ですが、これは千年王国時代に外の暗闇に追い出される敗北したクリスチャンに対する懲らしめに関する聖書の御言葉を誤解・曲解したものであることを、G.H.ペンバーは「キリストの裁きの御座」という本(この本も本館の方で紹介しています)の中で明らかにしています。

「福音を聞くチャンスを一度も与えられずに死んだ人はどうなるのか?死後に救いのチャンスはあるのか?」という疑問は、祖先を敬う日本人なら誰でも感じる疑問だと思います。この問題(いわゆるセカンド・チャンス論)を巡って論争がなされていますが、肯定派、否定派の言い分はどちらももっともで決着が着いていません。この問題についても聖書は明確な答を与えていないように思われます。もともと、救いは主の専権事項であり、「誰を、いつ、どこで、どのように救うのか」は主だけが決定されることです。そこに人が口を差し挟める余地は全くありません。ですから、セカンド・チャンス論の肯定派も否定派も、結局のところ、救いにおける主の主権を無視しているのではないか、という印象が拭えません。「それでは、どうすればいいのか?」という疑問が生じますが、主の主権を尊重してこの問題を主に委ねる(別の言い方をすると「保留する」)のが真に聖書的な姿勢だと私は思います。

聖書は人が感じるすべての疑問に何でも答えてくれる便利な書物というわけではありませんが、人が生きていく上で大切なことは全て示してくれています。聖書の啓示を全て忠実に守りつつ、聖書が沈黙していることには自分も沈黙する謙虚さを常に保ちたいものです。

主がどうかプーさんの疑問に光をあてて下さいますように。

オリバー

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Re: No title

プー様

主の御名を賛美します。

主がプーさんの疑問に様々な経路を通して答えて下さっているのは、とても素晴らしいことだと思います。これは、主が今日も生きて働いておられ、プーさんを愛と恵みの中で顧みて下さっていることの証拠だと言えます。このような主の愛の顧みを豊かに受けているクリスチャンは本当に幸いです。主は必ずプーさんの望むものを最善の時に最善の方法で与えて下さると信じます(あるいは、自覚がないだけですでに受けているのかもしれません)。

主御自身がさらにプーさんをあらゆる真理へと導いて下さいますように。

オリバー

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Re: お久しぶりです。

プーさま

お久しぶりです。またもや返事が遅れてしまいもうしわけありません。

ところで、最近世間を騒がせていた事件ですが、ご指摘の通りMK医師で間違いなさそうです。日本の各地の神社に油をまいて回る所謂「霊的戦い」には、私も疑問を感じていましたが、まさかこのような形で大問題に発展するとは夢にも思っていませんでした。世間から凄まじい非難の集中砲火を浴びているのを見ると、MK医師が何だか気の毒にすら思えてきます。MK医師に配慮が欠けていたことは紛れもない事実ですが、日本人の救霊を願う動機は純粋で正しいものだった思います。もしMK医師のミニストリーが真に主から出ているなら、今回の「死」を通ることにより純化されて「復活」するでしょう。そうなることを個人的に私は願っています。

それから、伝道者升崎外彦について知らせて下さり、ありがとうございます。これから資料などを調べて可能なら当園で紹介したいと思います。

オリバー
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