あらゆる領域で大きな情勢の変化がたくさん生じている時代に、私たちは生きています。今は確かに停滞期ではありません。寿命の半分の時間の間に状況が大きく様変わりしただけでなく、ここのところこの変化が大いに加速しつつあります。そのため、世界情勢が明日どうなるのかもわかりません。

 この一般的状況は、他ならぬキリスト教にもあてはまります――おそらく、それ以上にあてはまるでしょう。すべてが疑問と不確実さに包まれています――つまり、その枠組み、形式、働き、地的展望に関する限り、そうなのです。さらに進んでこう言うこともできるでしょう――きっとそれは、おそらく神の主権、摂理によるのでしょう――諸々の状況により(この状況は極東の方が遙かに進んでいます)、クリスチャンたちはまさに自分たちの基盤を再考することを余儀なくされており、責任者たちも方針転換の必要性というこの問題全体に直面することを余儀なくされているのです。

 この時代の終結に近づいているのだとすると、これこそまさに予期される状況です。まさに本質的真理しか、この試練に耐えられないでしょう。この試練を神ご自身があらゆるものに課されるでしょう。そして、この「裁きは神の家から始まらなければなりません」。キリスト教の装飾品、付属品、付帯物、道具立て、「種々のもの」はすべて剥ぎ取られ、遂には厳しい現実しか残らないでしょう。聖書は「地上に住む全ての人の上に臨んで、その住人たちを試みる火のような試練」について述べています。今日の悲劇は、責任を負っている指導者たちの多くが、あまりにも仕事に忙殺されていたり、軽薄にも楽観的すぎることです。そのため、世界の進展の陰に潜んでいるこの現実の非常事態に気づいていないのです。

 このような吟味が、多くの方面でますます必要になりつつあります。他ならぬ福音自体の問題についてもそうです。直ちに次のことをはっきりさせておきましょう。福音の本質を再考したり再編する必要がある、ということでは決してありません。そうです、断固としてそうではありません!福音の本質的性質や構成要素は「永遠の福音」のままです。しかし、この福音は実際のところ何なのかを新たに理解することが、現実に大いに必要とされているのです。この「福音」という言葉や用語自体、「神のすべての御旨」未満のものを意味するようになってしまっています。そして、ほとんどの場合、もっぱらクリスチャン生活の始まりに適用される言葉になっているのです。

 ヘブル人への手紙を書いた使徒は、キリスト、神の御子の卓越した偉大さを示しました。キリストはあらゆる領域で偉大であり、族長、預言者、御使い、他の何者にもまして偉大です。これを示した時、使徒はすべてを――この「すべて」は途方もありません――「こんなにも偉大な救い」という一つの句にまとめました。この救いについて使徒は宣言しました。それを無視するだけでも――必ずしもそれに反対したり抵抗したりすることではありません――滅びは免れないと。

 この小著により、私たちはこの必要に応じるべく努めました。すなわち、福音の偉大さをいくらかでも――ほんの少しでも――回復して再提示しようとしたのであり、また、命、奉仕、進歩、勝利に必要なものはすべて、福音の偉大さを実際に理解することにかかっていることを示そうとしたのです。

T.オースチン-スパークス
フォレスト・ヒル
ロンドン、一九五四年

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