「何故になんじは祈るか」と問われたならば、私は何と答えようか。それはあたかも「何故になんじは呼吸するか」と言うと異ならない。もし祈りをやめたならば私は窒息するのである。祈らずして私は生きることが出来ないのである。有名なる心理学者ウィリアム・ジェームスも言っている、「我らはなぜ祈るかといえば、理由は簡単である。祈らずにはいられないからである……たとえ科学が之に反対して何と言おうとも、人は世の終りまで祈りつづけるであろう」と。確かにそうである。祈りは人の本能である。神が人を創造する時にひそかに植えつけたもうた性質である。故にまことの神を知らない人すらなお祈る。全く祈らない人とてはひとりもない。しかしながら私などにとっては祈らない事が不可能であるは無論の事、たとえ暫くなりとも、祈りなしには生ける心持がしないのである。実際、祈らない時に私は死んでいる。そのとき私の霊魂は窒息し生命を失っている。気がついて直ちに祈りを回復する時の感じは、息つまりしのち胸をひらいて大気を吸い込む時のそれと少しもちがわない。祈りに於いて私は息つく。祈りに於いて私は生きる。祈りは文字通りに私の霊魂の呼吸である。

 呼吸である。私の霊魂はここに息つく。ここに私は天の国の新鮮なる大気を吸うと共に、また私の衷なるすべての気を吐きいだす。衷に起こりしすべての思いを祈りに於いて神のまえに吐き出さなければ、恐らく私は鬱結する悪気に中毒してたおれるであろう。故に私は事ごとに祈る。どんな事でもいのる。神に祈るべくあまりに小さいというような事は一つもない。〔中断――編者〕

〔未発表の手稿〕

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