08 09
2014

 祈祷の哲学を私は知らない。すべての祈祷がそのままに聴かれるとは私は信じない。私の実験が明らかに反証するからである。

 かつて私に一つの祈祷があった。私は数ヶ月にわたって殆ど絶えまなく祈った。或る夜私は夜もすがら祈りつづけた。次の夜も同じように始めた。しかし衰弱せる健康は二昼夜の不眠に堪えなかった。幾日かの後、私は心を尽くして祈った。あぶらは汗のように額からしたたり落ちた。私はゲッセマネを憶って、何となく始めて祈りらしき祈りが出来たように感じた。私は私の祈りがそのままに聴かれることを少しも疑わなかった。

 しかし私の祈りは遂に聴かれなかったのである。私はつつまず告白する、その時以後暫くの間、私は祈りに疲れ果てて、また祈ろうとする心を起こし得なかったことを。私は私の祈りが別の意味に於いて聴かれるであろう事を疑わなかった。しかし別の意味は別の意味である。私の当面の願いはそこにはなかった。私は私の言葉を以て表わした通りに事の実現を許していただきたくあったのである。その望みが失せた時に、私の実感はありのままに「わが祈りは聴かれなかった」というにあった。

 それ限りに然らば私は全く祈らない人になったか。そうではなかった。むしろ私が聖名を呼ぶことは前よりも更に切であった。夕ごとに野路を歩きながら、「エス様、エス様」との声が絶えず私の唇にあった。書斎の卓子に倚りながら、ともすれば我知らず稍々やや大声に「ああ神様……」と呼びかけて、自ら驚かさるることも少なくなかった。して見れば私は祈りなき人になってしまった訳でもなかった。

 差別はここにあった。――努力としての祈り、それが私から消えたのである。そしてただおのずからなる祈りのみが之に代わったのである。

 この変化は意味あさきものと思われない。祈りが努力の事としてにあらず、さながら呼吸のように、無意識ではあるが暫くもやみがたき事として行われる時に、少なくとも私は幾倍か神と親しくある事だけは確かである。まことに祈りは今や私の霊魂の呼吸である。一切の事、文字通りに一切の事を私は神に訴える、恥づべき事も、わがままなる事も。しかせずして私はもはや生き得ないのである。今や私にとって神はいと近き友である。彼の面前から私の離れ去る時はない。従ってこの身このままに、隠さず、つくろわず、憚らずすがる。

 親密なるが故にまた秘密である。私は私の祈りを人に知らるることを好まない。私は実は人の前にて祈るを大いなる苦痛とする。集会の席上にやむを得ず祈りはするものの、私としてはそれは多くの場合に於いて真実の祈りではない。集会の司宰者としての公然の祈りは全会衆の心を代言するものでなければならぬ。そのためには祈祷の準備すなわち一種の予習さえ必要とせられ、甚だしきに至っては朗読祈祷さえ行われるに至る。もし単に集会又は儀式そのものの整備の上より見るならば、それもやむを得ぬことであろう。しかしかくのごとき祈祷が真実の祈祷でない事だけは明白である。誰が父にものいうに朗読の法を以てしようか。いずれの父がかくのごとき対談を喜びとしようか。いかに贔屓目ひいきめに見るとも、かかる精神のうちには或る濃厚なる不純の分子を含むことを拒むべくもない。これ祈祷よりも集会を重しとする精神である。神に聴かるるよりもむしろ人に聴かれんことを求むるこころである。神は最もこのこころをにくみたもう。私は信ずる、朗読祈祷いかに荘重であるとも、それによって会衆の心気いかに純化せられるとも、神はそれを聴きたまわないことを。「我なんじらが手をのぶるとき目をおおい、なんじらが多くの祈祷をなすときも聴くことをせじ」(イザヤーの一五)。「誠になんじらに告ぐ、彼らは既にその報いを得たり(人に聴かれんことを目的とし、しかして目的通りに聴かれたるが故に)。なんじは祈るとき、己が部屋に入り、戸を閉じて隠れたるにいます汝の父に祈れ」(マタイ六の六)。

 祈祷が心意の努力たらず、霊魂の呼吸たるに至って、祈祷の聴かるる所以は私に少しく解る。我らは単に祈るが故に聴かれるのではない。祈るが故に我らはいよいよ神と親しみ彼に似る、従って彼のこころにかなうものを求め、かなわざるものを求めざるに至るのである。かかるが故に我らの祈祷は聴かれるのである。祈祷の背後にある「神との親密」の故に、祈祷によって代表せらるる信頼生活の故にである。すなわち個々の祈祷そのものが聴かれるというよりも、むしろ霊魂全体が聴かれるのである。「われ汝らに告ぐ、求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。……天の父は求むる者に聖霊を賜わざらんや」(ルカ一一の九~一三)とは、この間の消息を告ぐる言ではないか。

〔第四五号、一九二四年三月〕


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