第六信 求めよ

 求めなさい、そうすれば与えられるでしょう。尋ねなさい、そうすれば見いだすでしょう。叩きなさい、そうすれば開かれるでしょう。ついに与えられるまで、見いだすまで、開かれるまで、ひたすらに求めなさい、余念なく尋ねなさい、一心に叩きなさい。なぜというに、すべて求める者は得、尋ねる者は見いだし、叩く者は開かれるに相違ないのだから。昔からそうでした。今もその通りです。この後とても変わりはありません。天にいますあなたがたの父は、与えることを喜びたもう方です。必ず惜しむことなく与えたもう方です。彼は限りなき富を天に備えて、あなたがたの求めるのを待っておいでなさる。求めて与えられなかった人は誰ですか。必ず与えられることを信じなかった人ではありませんか。そんな人は仕方がない。疑うものは風に動かされる海の波のようなものだ。求めるようでもあれば、求めないようでもある。結局ほんとうには求めていないのだ。その人が何物も受けないのは当然の事です。あなたがたは疑わないで信じなさい。信じて、子どもらしい信頼をもって、求めなさい。あなたがたの中には子どものある人もあるだろう。そういう人にその子どもがパンを求めたとき、誰が石を与えますか。また魚を求めたとき、誰が蛇を与えますか。それならば、あなたがたはとても比べられぬほど悪い者でありながら、なお善い賜物を子どもらに与えることを知っているではありませんか。まして天にいますあなたがたの父は、求める者に善いものを与えて下さらない筈があろうか。善いもの、そうです、一ばん善いものです。それをきっと与えてくださるのです。断じて間違いはありません。この事に関わるかぎり、あなたがたを失望させるおそれは絶対にないのです。

 このように、天の父はおしみなく善いものをあなたがたに与えてくださる。そうしてそれは言うまでもなく、あなたがたにとって最も望ましい事です。あなたがたに最も望ましい事を、神は必ずかなわして下さる。けだし彼はあなたがたの要求をご自身の要求のように感じたもうのです。天にいますあなたがたの父はそういう性格の方です。だからあなたがたも考えなければならない。ほんとうに私はあなたがたに言う、凡て人にられようと思うことは、そのようにまた人になさい。これこそ神のみこころです。これこそ律法そのものです、預言者そのものです。この事ができれば、律法の義はことごとく完うされるのです。およそ誡命いましめは「姦淫するなかれ、殺すなかれ、盗むなかれ」と数々あるが、しかしすべてはこの一言に帰するのです。もう一度私は言います、「凡て人にられようと思うことは、そのようにまた人になさい」と。これは律法の完全まったきです。

オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ