三、説教

 地上に於いて何が貴いと云うても聖霊に満たされたる器よりも貴いものはない、万民の深き願いは罪の力より救い出されて其の魂が生かされ、癒され永遠の救いをまっとうせんことである。

 柘植先生は誠にその人であった。内はこの群れのため外は世界の民に油を注ぐ器であった。先生に聴く者は皆生かされ、癒されて『私の多年の願いはこれであった』と真に満足した者が幾万あったか知らない。

 群れはますます膨大し本年は世界巡回を企画し居られ、又幾多の働きを中途にして俄然がぜん天の召しをこうむらる、主よ聖旨みこころを示し給えと祈った。

 先生はこの世の荒波に打たれ、逆境より逆境、多難たなん不幸ふこう波瀾はらん曲折きょくせつ浮沈ふちん盛衰せいすいきわままりなく、遂に十字架のもとに来たって旧世界はことごとく去りて新しくせられた。

 先生の旧生涯を見ると此の世と自己じみよりづるものはことごとく敵であって其の果ては行き詰まりと亡びであることをあかししている。又十字架によって如何なるものも、聖言みことばの通り極端きょくたんまで救われ、何一つとして解決のつかないものはないことを示している。更に甦りて現存し給う活けるキリストに在って全備ぜんびすることが出来る。何一つ欠くる所のないものであることを顕している。先生はこの三大事の証人あかしびとであった。

 もしそれ先生は生来の何ものかあって用いられたというなら、自己の能力ちからによりて何事かなしたというなら、更に地につける宝庫を発見して人を恵んだというなら、我等は失望して仕舞うよりほかはない。

 しかし先生の御生涯ほどの苦難があっても、否それ以上であっても、ことごとく新たになし得るキリストとその十字架には今も変わりはない。ハレルヤ、感謝でないか。

 私は先生の召されたことによりて少しも当惑まどいはない。先生の使命は明らかである、即ち主エスの三年間の御生涯に裏書きをなして我等の目前に之を示して置いて下さった。即ち『真理まことのためにげしめんとて汝をおそるるものに一つの旗をあたえ給えり』とは此の事である。標準を立て寸法を定めてくださったのである。召さるるに当たりて群れの基礎は出来ている。ただ一致して祈り我が足跡あしあとに続いて歩んで行けばいとねんごろに遺言せられたのであった。

 又追想して見ればパウロの如く益ある事は残す所なくことごとく宣べ伝えられてある。先生は昨年の大患だいかんの時すでに地上の人でない筈であった。がなおそれでは弟子らが迷うてはならぬから死の中より立たしめられて主エスのの四十日間の如くかさがさねんごろに教えられた。汝等今知らずのちこれを知るべしとの御言みことばの如くおぼろに聴いていた事も思い起こして益々ますます明らかになって来た。ただ感謝のほかはない。

 或る人は先生の公の生涯が余りにも短かったと思うであろうが。なるほど外なる世の人のためには一日でも長からんことを願うべきであるが、我等弟子等のためにはこれが益である。と云うても御長命ごちょうめいを願わんというのではない。先生自らも共に居りたかったに相違ない。が何故なにゆえに益であるかならば先生が地に居らるるなら昔の弟子の如く肉体の人にのみ頼りて信仰によって生き、活けるキリストにのみ信頼せないからである。先生一人で如何に長命ちょうめいでもせわしく働いても肉体には制限がある。此の地の叫びにことごとく応ずることは不可能である。多くの弟子達に同じ霊を注いで広く栄光を顕したいのが神意しんいでなくてはならぬ。

 全能の神に癒し得ぬ道理がない。全智の神に間違いはない。愛の神が我等に不利益を与えなさる筈があろうか。そんな事は思われない。最善をなしてくださったことを感謝する。又これはむを得ぬことであると諦めるのではない。益であるまされる栄光の顕れるためである。ただその益である神のおぼし召しをむなしくするものは不信仰である。いよいよ信仰一本槍で進むべきである。神は必ず驚くべき勝利を与え給うて其の御計画を成就なし給うことは火を見るより明らかである。

 不信仰を起こして行ける道はない。ペテロの海に沈みかかったと同じことである。ただ心を強くしつ勇め之を離れて右にも左にも曲がるなかれ、しからば何処どこに行きても利を得べし。(書一・一~九参照)


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Re: No title

プー様

貴重な長文のコメントを再び寄せて下さり、ありがとうございます。

> 柘植師が若く召天されたのは、信徒が人に頼るようにならないためというのは、あるかもしれません。

柘植兄弟は若くして亡くなりましたし、現在ブログで紹介している藤井武兄弟も若くして亡くなりました。主の尊い働き人たちがこのように若くして亡くなったのには何か深い神の御心があったに違いない、と私も感じますが、主の御心が果たして何だったのかは残念ながら分かりません。ただ、プーさんと同じような感覚を西條弥市郎氏は次のように述べています(7月24日掲載の説教からの抜粋)。「先生自らも共に居りたかったに相違ない。が何故に益であるかならば先生が地に居らるるなら昔の弟子の如く肉体の人にのみ頼りて信仰によって生き、活けるキリストにのみ信頼せないからである。(中略)多くの弟子達に同じ霊を注いで広く栄光を顕したいのが神意でなくてはならぬ。(中略)いよいよ信仰一本槍で進むべきである。神は必ず驚くべき勝利を与え給うて其の御計画を成就なし給うことは火を見るより明らかである。」

これ以外の理由として考えられるのは、「主に愛される者は禍が来る前に取り去られる」ということです。柘植兄弟や藤井兄弟が亡くなった後、日本は悲惨な戦争への道を突き進んで行ったわけですが、このような不幸な時代が来る前に召されたのは、二人にとって幸いだったのかもしれません。

> 人を見るなとは言われますが、すごいと思う信仰者はやはり偉大な師と出会い、鼓舞されているように思います。

教会史を調べると多くの偉大な信仰者が出て来ますが、確かにその多くは偉大な導き手に恵まれています。「人を見てはいけない」のは確かですが、他方、主は使徒、預言者、伝道者、教師・牧者といった賜物ある人々を通して働かれるのも事実です。これについても、やはりバランスが必要なのだと思います。

> 乗松雅休という人を御存じですか。私は先日初めて知りました。

恥ずかしながら、私もプーさんに教えてもらうまでこの人のことを知りませんでした。これから調べてみて、もし主に導かれれば、このブログでこの人のことを紹介したいと思います。

>(韓国の現状について)

以前、韓国のキリスト教会を訪問した時、現地のクリスチャンたちと交わりを持ったのですが、クリスチャンは主にあって一つであることをそこでも感じました。パウロが言っているように、新しい人の中にはユダヤ人、ギリシャ人、日本人、韓国人の区別はなく、キリストがすべてのすべてであることを実感しました。現在、日本と中国と韓国との間で不穏な空気が強まりつつありますが、キリストにある新しい人の天的ビジョンがますます必要だと感じます。さもないと、この世の潮流に流されて、韓国のクリスチャンと日本のクリスチャンが互いにいがみあうことになりかねません。

昔、イギリスとフランスが戦争をした時、両国のクリスチャンはそれぞれ「自分の国が戦争に勝ちますように」と神に祈った(?)そうですが、私たちも注意しないと時流に流されて同じ過ちを繰り返してしまうかもしれません。

> オリバーさんは英訳もなさっておられますか。もしされておられるなら、お時間があって、神様の御心と思われたら、英語でもご紹介ください。

残念ながら、今のところ英訳はしていません。英訳は和訳よりもハードルが高いです。ですが、もし主の導きがあれば英訳も試みたいと思います。

プーさんの上に主の豊かな祝福がありますように。

オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー管理人 オリバー

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Re: No title

プーさま

コメントをありがとうございます。それから、返事が遅くなってもうしわけありません。

> ここのところずっとオリーブ園クリスチャン古典ライブラリーを開いた途端に、セキュリティソフトが働いて閉じられていました。

本館のトップページには解析用に Google Analytics のスクリプトが埋め込んであったのですが、もしかしたらそれが原因かもしれません。Google Analytics は一般的に広く利用されている無害な解析ツールですが、最近は全く使っていなかったので、このスクリプトをトップページから削除しました。これでセキュリティソフトが働くことはないと思います。

> 韓国教会について言い過ぎたと反省し、7月27日に古典ライブラリーに記されていたオリバーさんのヤフーアドレスにメールを送りましたが、それは無事に届きましたでしょうか。

メールは無事に届いています。色々と考えさせられる深い内容のメールをありがとうございます。かつて新渡戸稲造は「われ太平洋の橋とならん」という大志を抱いて日米間の橋渡しに力を尽くしましたが、日韓関係が悪化しつつある今、新渡戸稲造のような人が大いに必要だと感じます。

> ホーリネス教会が特にプロテスタントの中でも弾圧されたのは、千年王国が地上にくること、天皇ではなく、キリストが王となり世界を支配されると明言したからと思っていましたが、私の通う教会の牧師は、兵役拒否をしたからとおっしゃっていました。一般的にはどう理解されているかご存じでしたら教えてください。

私も詳しい話は知らないのですが、Wikipedia を見たら、やはり再臨信仰が国から危険視されたためと書かれていました。ただ、兵役を拒否して弾圧された人もいたかもしれません。

> 私の通う教会で、千年王国とか再臨について聞いた記憶がほとんどありません。難しい事柄であまり現実的に突き詰めないほうが良いことなのかもしれません。

ホーリネス系の教会では「新生・聖化・神癒・再臨」を四重の福音と呼んでいて、再臨を大いに強調しています。不義や不正がまかり通っている今の邪悪な世の中を見ていると、心が痛まない日は一日もないのですが、このような暗い世情を目にするたびに「キリスト再臨こそ唯一の希望である」と思わずにはいられません。キリストの再臨によって義が支配する平和な世界(千年王国)が訪れることを使徒たちは待ち望んでいましたし、多くのクリスチャンも同じだと思います。

プーさんの上に主の豊かな恵みがありますように。

オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー管理人 オリバー

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Re: No title

プーさま

夏休みでまたもや返事が遅れてしまい、もうしわけありません。
また、興味深い情報を教えて下さり、ありがとうございます。

中世のワルドー派については、長い間カトリックから異端の烙印を押されてきたわけですが、近年、純福音を守り通した群れとして再評価されつつあるようです。また、これと同じように、ネストリウス派も長らく異端視されてきたわけですが、一部のプロテスタントでは再評価の動きがあります(記憶があやふやなのですが、たしかブロードベントの「信徒の諸教会」の中にそのような記述があったと思います。)

キリスト教の歴史を見ていると、純福音的なクリスチャンが時の権力者たち(特にキリスト教界の権力者たち)から異端視されて迫害を受けるのをよく見かけます。どのケースも基本的に、キリストを迫害したユダヤ宗教と同じ構図です。命を失った組織的キリスト教ほど活けるキリストに敵対するものはない、と時々感じることすらあります。今日も、純福音を保っているがゆえに批判や非難を受けている群れがたくさんあるかもしれません。うわさ話や陰口などに惑わされることなく、何が本物で何が偽物かを見分ける霊的洞察力を主に求める必要があると思います。

プーさんの上に主の恵みがありますように。

オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー管理人 オリバー

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Re: No title

プーさま

おたよりありがとうございます。私の方の夏休みは、子供を温泉や海に連れて行ったりして、多少疲れましたが楽しく過ごせました。暑さのせいで夏バテ気味だったのですが、ここ数日、涼しい日が続いたおかげで、夏バテから回復できました。

> 親鸞が景教の影響を受けたという説があるそうですが、本当かもしれません。

昔、亀谷凌雲という牧師さんがいました。この方は元浄土真宗の住職だったのですが、キリストの福音に触れて救われ、牧師になって、富山新庄教会を設立しました。この方の「仏教からキリストへ」という自伝はとても有名です。Wikipedia によると、「キリストは仏教の破壊者ではなく、完成者であるとの信仰を持ち、富山での郷里伝道に終生仕えた」とのことです。

親鸞が景教の影響を受けたという説はとても説得力があると思います。この他にも、大乗仏教は使徒トマスのインド伝道によって生じたという興味深い説もあります。たしかに、法華経等にその影響が顕著に見られると思われます。

> ブロードベントの「信徒の諸教会」という本が出ているのですね。ネットで調べてみたら面白そうなので読んでみたいと思いましたが、もう出版されてなさそうでした。

ブロードベントの「信徒の諸教会」は、海外では古典的名著として高い評価を受けているのですが、日本で和訳の入手ができなくなっているのはたいへん残念です。この本に限らず、日本はクリスチャン人口が少ないため、キリスト教関係の本は初版で絶版になってしまうケースが多くあります。それで私は、新しい本が出たらすぐにチェックして、福音的な良書ならなるべく購入するようにしています。

> また本館がセキュリティソフトが働いて読めなくなりました。毎回、まだ未評価で不明と出ます。読めたり、読めなかったり、気まぐれな機械です。

本館には何もスクリプトを入れていないので、セキュリティソフトが働くはずはないのですが、引き続き調査をしてみます。

> 柘植不二人師の残りの部分の地方伝道の掲載を楽しみにしています。

推敲後、本館に掲載する予定です。今しばらくお待ち下さい。

プーさんの上に主の豊かな恵みがありますように。

オリバー

Re: No title

プーさま

ディボーションについてお尋ねですが、実は私もディボーションは苦手です。なので的確なアドバイスが出来るかどうか分からないのですが、思いつくままに書きたいと思います。

> 神様の前に静まり祈るとか、習慣化する良い方法をご存じでしたら教えていただけませんか。

本館の方で紹介しているガイオン夫人の「短くて簡単な祈りの方法」がだんぜんお勧めです。「誰でもたやすく実行することができ、短期間で完全の域に達することができる祈りの方法」という副題が付いていますが、この副題に偽りはありません。さすが、古典的名著として代々読み継がれてきただけのことはあります。

この本の中でガイオン夫人は幾つかの方法を紹介していますが、特に重要なのが御言葉と祈りとを組み合わせる方法です。この方法は「祈り読み(pray-reading)」と呼ばれていて、とても単純ですが奥が深く、しばらく実行すれば霊的に相当進歩すると思います。詳しくは、この本をお読み下さい。

それから、これも単純な方法ですが、主の名を呼ぶのも有効です。聖書を読むと、歴代の聖徒たちは主の名を呼び求めていたことが分かります。例えば、コリントのクリスチャンたちは「至る所で主の名を呼び求めて」いましたし、詩人の八木重吉は「主の名を呼ぼう」という詩集を書いています。

また、霊の祈りである異言の祈りもとても役に立ちます。特に様々な思いが頭の中で渦巻いている時、異言で祈ると思いの領域から霊の領域に比較的容易に立ち返ることができます。

私は、祈り読み、主の名を呼ぶこと、異言の祈りを組み合わせています。それぞれの割合はその時の状態や気分によって変わります。

プーさんも一つの方法にこだわるのではなく、幾つかの方法を修得して、その時の状態に応じて臨機応変に組み合わせてはいかがでしょうか。

> ディボーションガイドの月間誌がいくつか出版されていますが、何かオリバーさんのオススメのものはありますか。

ディボーションの月刊誌は私も幾つか手に取って見たことがあるのですが、祈り読みで得られる益と比べたら、どれも物足りない感じがします。ディボーションの役に立ちそうな本としては、例えばウオッチマン・ニーの「荒野の食卓」(日本語訳がホームページで紹介されています)があります。一年三百六十五日分に内容が分かれているので、その日の分を毎日読み進むことになります。ウオッチマン・ニーは祈り読みを実行した人です。彼の書いた本がどれも霊的に深いのは、そのためだと思われます。ですので最終的には、やはり書物に頼るのではなく、祈り読みを自分で実践するのが一番有益なのではないでしょうか。

> ひとりで続く方法を探しています。

色々な方法を試してみて、自分に合った方法を幾つか見つけ、それらの方法を適宜組み合わせるのが助けになると思います。

主がどうかプーさんと私を祝福に満ちたディボーションに導いて下さいますように。

オリバー

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Re: No title

プーさま

お返事ありがとうございます。プーさんが本を渡した住職さんの心が主に向かうよう祈ります。

> 古典ライブラリーの紹介著書から推測してオリバーさんが異言の祈りをされるとは意外でした。

本館で紹介しているジェシ-・ペンルイスは「異言は悪霊の働きである」と強く主張しており、その影響を受けたオースチン・スパークスやウオッチマン・ニーも異言に対して否定的です。ですから、プーさんのこのご指摘はもっともだと思います。

実は私もクリスチャンになりたての頃、異言は悪霊の働きだと思っていました。ペンテコステ派のクリスチャンがいるところで、「異言は悪霊の働きである」と断言したこともあります(今から思うと、申し訳ない気持ちで一杯です。どうか主がこの失敗を血潮で覆って下さいますように)。

そんな私が異言に関心を持つようになったきっかけは、コーネリアス・K・飯田という方が書かれた「イエスの時」という本に偶然出会ったことです(この本は今では絶版のようです)。とても穏やかな筆致で、救いの証しや、異言を伴う聖霊のバプテスマの証しが書かれていて、思わず内容に引き込まれてしまいました。何よりも素晴らしかったのは、この本が聖霊の油に満ちていたことです。「これが聖霊のバプテスマの結果なのか!」と驚嘆しました。それと同時に、自分が聖霊に欠けていることを痛感しました。そこから、聖霊のバプテスマを求める私の探求の旅が始まったわけです。ペンテコステ・カリスマ系の本をひたすら読み漁りました。特に感銘を受けた本は、マーリン・キャロザースの「獄中からの賛美」「賛美の力」、デニス・ベネットの「朝の九時」「聖霊とあなた」、デモス・シャカリアンの「地上最大の成功者」(原題は「地上で最も幸福な人々」)等です。どの本も聖霊の衝撃力に満ちていて、「異言は悪霊の働きである」という私の偏見は木っ端微塵に吹き飛んでしまいました。

もう一つ私にとって転機となったのは、当時私が所属していた教会の中に異言を語る兄弟たちがいたことです。その教会は異言を真っ向から否定する教会だったのですが、その教会の中で最も忠実に主に仕えていた兄弟たちが、何と(!)異言を伴う聖霊のバプテスマを受けていたのです。この事実を知った時はさすがにびっくり仰天しましたが、この兄弟たちが霊的力に満ちている理由が分かって妙に納得しました(この兄弟たちが奉仕していた日曜学校のクラスは当時非常に祝福されていました)。そこで早速「自分も聖霊のバプテスマを受けたいのです」と相談したところ、兄弟たちは「忍耐強く主に祈り求めるように」というアドバイスをしてくれました。ある兄弟は「自分は異言を伴う聖霊のバプテスマを受けるまで約半年祈り求めた」と言っていたので、私も長期戦を覚悟していたのですが、結局のところ、二、三ヶ月で異言を伴う聖霊のバプテスマを受けることができました。この経験は、救い、十字架による自己の磔殺、内住のキリストの経験と並んで、私のクリスチャン生活を支える大事な柱の一つになっています。

> 柘植不二人師は霊を識別する力が養われる必要があると書いておられましたよね。

偽預言者、偽教師等がいるわけですから、偽異言も当然あると思います。これから先、主の再臨に向けて、聖霊の現れがますます強烈になっていくことが予想されますが、それと同時に悪霊による偽物も激増すると思われます。すでに偽物によって欺かれて死ぬほど酷い目に遭っている人もたくさんいます。ですから今後、霊を識別する力がますます重要になるのは間違いないと思われます。

> 私も代わりに御霊が祈ってくだされば祈りがどんなに楽しいものになるだろうかと思います。

楽しいかどうかは分かりませんが、楽なことは確かです。異言の賜物を受けてから、「御霊は常に取りなして下さる」という御言葉の正しさが分かるようになりました。ある兄弟は「異言の祈りなら一日中でも祈り通せる」と言っていました(残念ながら、私はまだ一度も一日中祈り通したことはありません)。

プーさんの上に主の豊かな祝福がありますように。

オリバー

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Re: No title

プーさま

異言についてのコメントありがとうございます。ご紹介いただいだドイツ人宣教師のゴットホルド・ベック氏の著書『実を結ぶ命』は私も読んだことがあり、その中で異言の問題点について書かれていることは知っていました。

また、クリスチャンになる前に、実はGLA関係の本を読みあさったこともあり、この団体が異言の実行を推進していることも知っていました。余談ですが、平井和正というGLAと関わりのあったSF作家が、「幻魔大戦」という本の中で異言のことを書いています。

これらの事例から、異言には本物と偽物の両方があることに間違いはないと思います。本物と偽物を見分ける霊的識別力が必要ですが、見分ける簡単な方法はプーさんも指摘しておられるように「実を見る」ことだと思います。

> キリスト教会の中でさえ、ブルームハルト牧師や柘植不二人師のような異言を求める時は、霊を見分ける霊性をもった指導者のもとで行うことが安全なのだと思いました。

その通りだと思います。優れた指導者に出会えた人は本当に幸いです(ただし今度は、主に頼らず人に頼ってしまう別の危険が生じるかもしれませんが……)。私の場合、良書が道しるべとなってくれたことがこれまで何度もありました。特に、時間の荒波に耐えて生き残った古典は、闇夜を照らす灯台のようなものだと思います。当園では、今後もそのような古典的良書を紹介し続けて行きたいと考えています。

プーさんの行く道を主が恵みの中で導いて下さいますように。

オリバー

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