「そこで彼は言った、『私はアブラハムの僕です。主は私の主人を大いに祝福して、大いなる者とされました。主はまた彼に羊、牛、銀、金、男女の奴隷、らくだ、ろばを与えられました。主人の妻サラは年老いてから、主人に男の子を産みました。主人はその所有を皆これに与えました』」(創世記三十四・三十四~三十六)


 これは「主人の持ち物をすべて治めていた」アブラハムの僕の長の言葉である。彼は極めて繊細で重要な用件――アブラハムの一人子イサクの嫁探し――のために遣わされた。この出来事はとても教訓的であり興味深い。また、極めて印象的な方法で、新約の教会の聖霊による召しを描写・象徴している。教会はイサクの偉大な本体であるイエス・キリスト、神のひとり子の花嫁になるよう召されている。

二十二章から二十四章の出来事がこの順序で起きたのは偶然ではない。ここでこれに注意することが大切である。

 1.イサクが献げられ、死者の中から戻される。

 2.イサクの母であるサラが葬られる。

 3.アブラハムの僕がイサクの妻を得るために遣わされる。このイサクは死者の中から戻された人である。

 この型の本体は新約聖書の中に見られる。新約聖書のすべての出来事の中で最も際立った目ざましい出来事は、神のひとり子の死、第二のイサクの犠牲である。次に、ユダヤ主義が埋葬され、拒絶されたユダヤ人が葬られる。第三に、聖霊が来臨して、この世から教会、「花嫁」、小羊の妻を選び、召し出される。型の目的は教訓を与えることである。なぜなら、「前に書き記されたものはみな、われわれに対する教訓のためだからである」。

 アブラハムとその僕との間で交わされた誓いの目的は、イサクのために助け手を得ることであった。これは時が始まる遥か昔に、全能の三位一体の議場で制定された恵みの契約に対応している。神はこの誓いを承認する必要があったが、ご自身よりも偉大な者がいなかったので、ご自身によって誓われた。神の誓いの目的はこの世の贖いだけでなく、教会が全く聖められることであった。それは教会が「花嫁」、小羊の妻となるためである。だから、われわれの全き聖めは神の永遠の誓いに基づく。神に感謝せよ、われわれの全き救いは神が後で考え出したことではないのである。


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