われわれは、形式、規則、方法、人々、物事に頼るのをやめなければならない。われわれには目に見えない力、目には見えないが力強い神が必要である。

 私はナラガンセット湾の美しい海を航行していた。われわれの港には、多くの素晴らしい船の間に、大きくて綺麗な四本マストのスクーナー船が停泊していた。私の横にいた友人が言った、「見て!『ウォーカー・アーミントン号』だ。この種類の船は大西洋ではこの一隻だけなんですよ」。「あの船の何が特別なんですか?」と私は尋ねた。港の他の素晴らしい船と何も違わないように見えたからである。しかし、友人は四番目のマストを指さした。そのマストは煙突としても機能していた。その船体の下部にはエンジンがあって、それで牽引船や曳航船がなくても済んだのである。その船は極めて狭い海峡の極めて入り組んだ港でも、帆を広げたり「迂回」したりせずに航行できた。私は言った、「神が私の魂を聖別して下さって以来、私は『ウォーカー・アーミントン号』のようだ。私の魂にはエンジンが据え付けられていて、それを個人的に用いることができる。私は風向きや、強い確信を持つ人や、港を出入りさせてくれる大きな力には頼らない」。

 「あなたたちの内におられる方は、この世にいる者よりも偉大だからである」。外側のものにではなく、神に頼るようになればなるほど、われわれはますます「偉業を成す」ようになる。

 神殿がソロモンによって献げられて、下って来た神の臨在の雲によって聖別された時、人々がしたのはただ、白い亜麻の衣を着て、歌い叫ぶことだけだった。神はその行いを嘉せられ、シェキナが下って来たため、祭司たちは奉仕できなくなった。「白い亜麻を着て」、「ラッパを吹く者たちと歌を歌う者たちが、一つになって一つの音をたてて、主に賛美と感謝を献げた時」、「宮は雲で満たされた」。われわれの一つの問題点は、自分の重要性や立場を過大評価していることである。「多くのことが自分にかかっている」と、われわれは思っている。尊大なのである。われわれが立つべき立場は、全き聖潔という白い衣を着て、立って歌うことである。

 アモン、モアブ、及びセイル山の人々が、ヨシャパテと主の軍隊と戦うために上って来た時、ヨシャパテは神に叫んで言った、「ああ、われらの神よ、あなたは彼らを裁かれないのですか?われわれを攻め上って来るこの大軍にあたる力は、われわれにはまったくありませんし、どうすればいいかもわかりません。しかし、われわれはあなたを仰ぎ望みます」。すると神は応えて言われた、「おの大軍のために恐れてはならない。おののいてはならない。これはあなたたちの戦いではなく、主の戦いだからである。この戦いでは、あなたたちは戦うに及ばない。あなたたちは進み出て、静かに立ち、神の救いを見よ。恐れてはならない。おののいてはならない。主があなたたちと共におられるからである」。そこで、「ヨシャパテは主に歌う者たちを定めて、聖潔の麗しさを賛美させるようにした」。「彼らが歌と賛美を始めた時、主は伏兵を設けられた」。今日もそうである。われわれが歌って、聖潔の麗しさを賛美し、期待しつつ静かに待ち始める時、主は救いを送って下さる。何度も神の僕たちは恐ろしい戦いの時に遭遇するが、何も感じていなくても主を賛美し始めると、感覚が湧き起こって来て大勝利が訪れる。祈りに合わせて賛美しようではないか。主を賛美せよ、「そのあわれみは永遠につきないからである」。


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