この御言葉の正しさは、すぐに再び示されるであろう。われわれが天に行く時が来ようとしている。そのような感覚を、私はいま大いに感じている。あなたの町の通りを歩く時、私は舗装された道を行くことはほとんどない。此処彼処で少し舗道に触れる程度である。それだけで、自分がいまだにシンシナティにいることがわかる。しかし、私の魂は雲の間を歩んでおり、自分がこの国に属していないこと、自分がアメリカ人でもオハイオ州人でもないことを喜んでいる。神は天上に一つの都を持っておられ、この地上を抜けるときただちにそこに入るのである。

 私は永遠の境界からあなたのところに戻って来た。数週間の間、その門がちょうつがいで回る音を聞けそうな所に、私は立っていた。あの輝く通りがもう少しで見えそうだったのである。私はあなたたちのところに戻って来た。私はあなたたちに言う。われわれが宣べ伝えているこのことは真実である。妻があの川の中に立っていた時、「私たちは過激であって、真理を踏み越えたことを宣べ伝えていると、非難されていることを知っていますか?今、それがどうなのか知りたいのです」と私は妻に言った。すると妻は、「すべて真実で、さらに凄いのよ」と答えた。妻がこれをあの川の中で話してくれたからには、私は前にもまして強い確信と勇気とをもって、この福音を断固として宣べ伝えるつもりである。

 最終的に、われわれは古びた戦艦のようにそこに入るのではない。帆柱は倒れ、帆は破れ、旗はみな紐で巻かれ、古い牽引船で港を引かれて行くような状態で、そこに入るのではない。そうではない。すべての旗をたなびかせ、勝利の旗を風にはためかせて、天の疾風を帆に受けながら、疾走しつつ中に入るのである。そしてその時、われわれが下船して光の通りを上る時、天の御使いたちは帽子を脱いでわれわれに挨拶するであろう。彼らは立ち上がってその光景を見るであろう。われわれが中央通りを行進する時、彼らはわれわれと互いを見、次に、われわれがいたところを見下ろし、それから、われわれのいるところを見上げるであろう。そして、驚きで我を忘れ、「罪が満ち溢れたところには、恵みもますます満ち溢れた!」と叫ぶであろう。

 この真理は永遠に響き渡る。われわれは御使いたちの上位に座すであろう。なぜなら、人が創造された時、人は御使いたちよりも少し低い者に造られたが、贖われる時、御使いの長よりも高くされるからである。われわれは贖いの歌を歌って、御使いたちを楽しませ、地上での戦いについて彼らに話すであろう。彼らは、これらのことをすべて知りたいと願っている。ああ、荒野の戦い、ゲッセマネの戦い、カルバリの戦い、ワーテルローの戦い、ゲティスバーグの戦い、シンシナティの戦いの物語について彼らに話すのは、栄光なことであろう。この都市の邪悪な勢力はわれわれに敵対しているが、神がどのように祭壇で人々を救い、彼らを育て上げて永遠にわたって輝く者とされたのかを話すことは、何と栄光なことであろう。

 そのとき私は、最悪の人々にまで届いた福音の物語を、罪が満ち溢れたところには恵みもますます満ち溢れたことを、喜んで御使いたちに告げるであろう。そう考える時、私は自分が勝利の戦士になったような気がする。われわれは勇気を出して、目を上げてまっすぐ天を見つめるべきである。この第二の祝福を受けている人はみな、私の言わんとしていることがわかるであろう。もしまだ第二の祝福を受けておらず、それを受けることを望むなら、今受けることができる。あなたは望むだろうか?


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