この福音は、もともと良いものをさらに良くするというよりは、むしろ、当人も認める酷い悪党どもを救って聖める。この福音は利己的な魂を回心させて、自己を犠牲にして否定する者たちの一団とする。ある偉大なブルックリンの説教者が、「『良い血が流れていない連中』を助けるのは、もううんざりだ」とかつて言ったのを私は知っている。しかし、われわれの福音は何と異なっていることか!主は行き巡って、他の人々が手を切った連中を拾い上げるように思われる。すべての人が私に背を向けて、私の友人たちですら私のことで落胆していた時に、主は私を迎え入れて下さった。その時、主は私を迎え入れて下さったのである。神に栄光あれ!これも、この御言葉の正しさを示す実例である。神の恵みは最悪の罪人をも救うことができる。もちろん、神に関する限り、罪人は罪人である。神の評価によると、五番通りにいる人は、「米国」というスラムにいる人と同じくらい悪い。しかし神は、世が言うところの「上流階級」の罪人たちをも、十分に救えるのである。

 ニューヨークのある著名な弁護士とその妻が、ある下町の宣教団の集会に参加するよう招かれた。この二人が、教会の会員として、下層階級の絶望的な人々の間で神がなさっていることを、自分の目で見るためであった。メッセージの終わり頃、集会の指導者が、救われたい人は全員立ち上がるようにと招いた。こちらでは「よれよれの人」が立ち上がり、あちらでは売春婦が自分の足で立ち上がった。また、常習的な窃盗犯がさほど遠くないところで立ち上がった。その間、講壇の上の指導者の後で、この弁護士とその妻が立っていた。説教者は、招待客が自分の言葉を勘違いしたのではないかと思い、「救われることを望む人だけ、立ち上がってもらいたいのですが」と言った。しかし、その弁護士と妻は立ち続けたのである。

 祭壇の奉仕を進めるしかなかった。「救われることを望む罪人はみな、祭壇に来なさい!」。浮浪者がやって来た。売春婦も盗人も、みなやって来た。そして、皆が驚いたことに、この二人の裕福な招待客も進み出たのである。宣教の働きでは通常、害虫を避けるために、立派な人々は講壇の上にいることになっている。それで、招待客たちが祭壇で求道者たちに加わり始めた時、指導者はまるで制止するかのように手を差し伸ばして、「これは罪人だけのものです!」と言った。「しかし、私たちも罪人であり、救いが欲しいのです!」が返答だった。幸いなことに彼らは二人とも回心し、それ以来、神は数千の人を更正させて救うために彼らを用いられた。「罪が満ち溢れたところには、恵みもますます満ち溢れた」のである。

 ある時、宣教のために集会を開いたのを私は思い出す。そこにはとても多くの見物客がいた――その人々は自分のことはまったくお構いなしで、社会のくずどもが救われるのを見ることに興味があった。

 私が招きをしたところ、どうしようもない下層階級の人々が前に進み出た。しかし、彼らと一緒に、先の大統領の妹も前に進み出たのである。「この絶望的な人々と一緒に救いを求めることを、彼女に許可するべきだろうか?」と私は自問した。御霊は「もちろん!」と囁かれた。そして、このおしゃれな女性はひざまづいて、自分よりも社会的身分がずっと低い人々と共に救いを見いだしたのである。ああ、神はあらゆる階級の人々を救うことができる。「罪が満ち溢れたところには、恵みもますます満ち溢れた」というこの御言葉には、数百の実例があるのである。


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