しかし、この御言葉の他の点に、私はあなたの注意を引かなければならない。この御言葉は、われわれは「彼と共に確立される」と述べている。これは人と神との交わりを意味する。嬉しいことに、主はわれわれを離ればなれにはされなかった。「丘の上に一人ぼっち」にはされなかった。嬉しいことに、主は、われわれが互いに助け合って「共に確立」されるよう、われわれを結び合わせて下さった。われわれは「引き離されて一人きりになる」べきであるという誤った考えを持っている人が大勢いる。彼らはじかに会わない限り、人々と交わりを持とうとしない。じかに会わない限り人々と交わることはできないのだとしたら、私はきっと「丘の上に一人ぼっち」だったであろう!あなたは多くの点で私と異なっているかもしれない。しかし、あなたが聖霊で満たされており、私も聖霊に満たされているなら、われわれは「共に確立される」のであり、そうしたささやかな違いは目に入らなくなり、水滴が一つになるように、われわれは共に流れるようになるのである。

 あなたたちの中には、この数日で初めて会った人もいる。しかしそれでも、かなり前からあなたたちを知っていたかのように私は感じているし、あなたたちを永遠に愛し続けるだろう。あなたたちに二度と会うことはないかもしれないし、おそらく二度と会わないだろうが、われわれは「共に確立される」のである。私はこの点を印象づけたい。クリスチャンはお互いになくてはならない存在なのである。これは互いに依存し合うという意味ではない。われわれは敬虔と成長のために互いを必要とするという意味である。これはとても重要である。私にはあなたたちの祈り、同情、助けが必要であり、あなたたちには私が必要である。われわれにはすべての聖徒の祈りと助けが必要である。「何も必要ではない」地点に達してはならない。われわれは「共に確立される」べきだからである。

 この交わりは、一つの麗しい舞台を造り出す。高教会派の聖公会、青靴下の長老教会、「つば広帽」のクエーカー、改革派のルター教会の人々を集めて一緒にするなら、一枚の麗しいモザイク画が出来上がる。これが、私が合同礼拝を好む理由である。私は「互いに区別できなくなる」ほど人々を混ざり合わせたい。

 この祝福を得る時、われわれは神と――生者であれ死者であれ――血で洗われた群衆とのいっそう深い霊的な交わりの中に入る。われわれはアブラハムの一族である。新エルサレムの街路で彼と会う時、紹介無しでも彼がわかると私は信じる。また、直感的に預言者がわかるし、本で読んだ人のこともわかると信じる。彼らはわれわれの同族である。彼らはこの世にとっては「無益な」者たちであった。「この世は彼らにふさわしくなかった」からである。それで彼らは天の胸壁を飛び越えて、輝く道を駆け上ったのである。われわれは彼らの後を追いかけており、いつか再び彼らと会うのである。

 私はこの聖なる一団に属している。おかしな人も少しはいるが、その中に変人が少しばかりいるからといって、自分の民に背を向けたりしない。彼らは私の民である――彼らは血で洗われた者たちである。彼らの中には僅かな脳みそしかない者もいるが、それでも、血の下にとどまり続けるのに十分な分別がある。そして私にも、彼らと共にとどまるのに十分な分別がある。


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