われわれは自分で個人的に求めなければならない。「私たちは(we))」「私たちを(us)」ではなく、「私は(I)」「私を(me)」という代名詞を用いよ。前者は曖昧模糊としていて不明確だが、後者は個人的かつ特別で、優れた効果がある。あなたの銃をすべて持って来て第一級の標的を狙え。弾を国中にばらまいてはならない。

 火が下った時、火はいけにえを焼き尽くしただけでなく、人々の間の偏見や疑いをも葬った。火の奔流を見た時、会衆は「主こそ神である」と認めてひれ伏した。これを人々に認めさせるには、神の力の超自然的示威が必要である。敵対的な群衆がわれわれのまわりにいて、エリヤたちを嘲り、神の預言者たちや働き人たちをからかっている。法律の制定、法律、信条、文化、金銭、機械、そのようなものでは、決してこの世を納得させることはできない。火をもって答える神だけが、この祝福に満ちた結果を達成できるのである。

 われわれには、講壇や会衆席の暗いろうそくを照らす火が必要である。われわれの総合大学や単科大学にこの神の火が下るなら、これらの学問の中心は燃えるリバイバルの中心となるであろう。その時、われわれの学校は、知識を頭に詰め込むことや悪人を訓練することに多くの時間を費やすかわりに、生徒たちの心を溶かしてキリストに似たものに造り変えることに多くの注意を払うようになるであろう。道徳的弱虫、騒がしい懐疑論者、蜘蛛のような足をした気取り屋やしゃれ男を輩出するかわりに、われわれの施設は内外の世界に魂を勝ち取る成功者の群れを送り出すようになるだろう。

 最後に述べたいことは、火は突然下るということである。火は稲妻のように駆け巡って、ささげられた供え物の上に下った。徐々に聖められる人は誰もいない。主はその聖なる宮に突然臨まれる。聖められたことを証しして立つ、言い尽くせないほど多くの人がいるが、成長して聖めに達したとか、徐々に聖めを得たと告白する者は誰もいない。どの事例でも、その御業は瞬間的御業である。なぜなら、神は偉大な神であって、大いなることを一瞬のうちになさるからである。主を賛美せよ。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ