野火や狂信から守ってくれるのは、ただ聖なる火だけである。モーセの杖は蛇に変わって、パロの魔術師たちの蛇を呑み込んだ。諸教会は狂信的な者たちで満ちている――霊性や絶対的敬虔さを恐れる、愚かで盲目な者たちで満ちている。

 無知なおしゃべり者どもは、「聖潔を宣べ伝えることは狂信の所行である」としばしば言う。むしろ、聖潔を宣べ伝えることは、狂信を正す最大の方法である。聖潔は「愛と健全な思い」に満ちている。真に聖められた人は、素直で、おとなしく、求めにすぐ応じてくれる。

 聖なる火だけが、地獄の火から守ってくれる。ある秋のこと、私はインディアンの領地を旅した。その時、この平野で人が身を守る最善の方法はマッチであると私は教わった――大草原で火事が起きた場合、唯一の安全策は迎え火を焚いて前方の草原を焼くことなのだという。一度火に焼かれた所は二度と焼かれることはない、というわけである。ペンテコステのバプテスマは、可燃性の籾殻で覆われたものをすべて焼き尽くし、心を二度目の攻撃から安全にしてくれる。兄弟よ、聖潔か地獄か、聖なる火か地獄の火か、どちらかを選びなさい。

 火の柱は、イスラエルにとっては光だったが、エジプト人にとっては暗闇だった。それと同じように聖霊は、光を望む者たちに対しては鮮やかに輝く光であるが、光を拒む者たちに対しては暗闇である。二人の人が同じ会衆席に座っているかもしれないが、一人は説教によって養われ、助けと祝福を受ける一方で、他方は頭を掻いて「わけがわからない」と言うかもしれない。その人にとって説教はちんぷんかんぷんである。御霊はわれわれの道を照らして下さるが、われわれの敵を混乱させて困惑させられるのである。


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