聖霊の火が神秘の対象の時もあった。時々しか現れず、カルメル山の山頂に飛び火したり、砂漠の後方でびっくりしているモーセの前方の茨に飛び火したりした。それはまた、ともしびや煙る釜として、次に、イスラエルの宿営の中に滅びの炎として現れた。しかし、キリストが栄光を受けてペンテコステが完全に到来して以来、聖霊はわれわれの間に住むことを確かに望んでおられる。信条や階級とは関係なく、はっきりと啓示されているいくつかの条件に基づいて、そうして下さるのである。これらの条件が満たされる時、火が天の胸壁を飛び越えて下り、われわれを照らして清めるだけでなく、人生の道を進ませてくれるのである。

 火の働きの最も明らかな効き目は、清めることである。不純物が外側にあるだけなら、多くのものは水で清めることができる。しかし、内側に清めを要するものが混ざり込んでいる場合、それを徹底的に清めるには、火の強力な熱が必要である。貴金属はみな、利用に適したものとなるまで、何度も何度も火の中に入れられる。それで、霊感を受けた筆者は極めて鮮やかな絵図を用いて、ペンテコステの力による聖霊の過激な清めの御業を描写しているのである。精錬業者が貴金属を溶鉱炉の激しい熱にさらすように、聖書が告げるところによると、天の主は信者の心に「上の部屋の溶鉱炉」の清めの課程を通らせるのである。

 「ピカピカしているものがすべて金とは限らない」は、イエスの多くの弟子にもあてはまる諺である。金の探求者が輝く雲母や黄鉄鋼に騙されることはあまりない。多くの自称クリスチャンの生活や性格の中には、光輝くものがたくさんあるかもしれないが、それは神や人に対する完全な愛という純金ではない。しかし、火にさらすなら、スズや青銅は損なわれ、銀は失せ去る。騒がしい自称クリスチャンたちの心の中からかなかすがすべてなくなるなら、ほとんど何も残らないであろう。これは紛れもない真実である。御霊の火は、軽くて、籾殻に覆われた、貧弱なものを、すべて焼き尽くす。魂がペンテコステの熱い炎にさらされる時、ぜいたくな読み物に対する欲求は消え去る。その時、人は神の栄光を読むことを喜ぶようになり、新聞などに対する以前の好みが永遠に自分から去ったことを見いだす。

 聖霊による火のバブテスマにより、軽口や軽薄な振る舞いに流れる傾向も魂からなくなる。ああ、近頃の無駄口ときたら!ゴシップや馬鹿げた会話ときたら!ペンテコステはこのようなものをすべて滅ぼす。


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