異教の国々の間では、火は常に迷信の対象であった。古代ギリシャとローマでは、聖なる火を極めて注意深く警護した。その火を燃え続けさせる職務のために、人々が割り当てられた。聖別された祭司たちやウェスタの巫女たちが、祭壇から聖なる光が消えないように、細心の注意を払った。何らかの災害でこの火が消えようものなら、その火が再び灯るまで、すべての国家行事が延期になった。その火を灯す方法は、ある人々が信じるところによると、天からの稲妻か、太陽からの聖なる光か、摩擦による火花であった。異国の大使は、国の議会に立ち入ることを許される前に、聖なる火の近くを歩かなければならなかった。花嫁は、新しい家に入る前に、聖なる火の前でおじぎをしなければならなかった。レッド・インディアンの酋長のサケムは、勧告を与えたり、公の訪問者を迎えたりする前に、キャンプファイヤの周りを歩いて三周した。ペルシャの火を礼拝する者たちは、太陽と炎を特に聖なるものと見なした。そして、火の中につばきを吐くことや、その前で不作法を働くことを、許されざる冒涜と見なした。今日、インドのパーシ人は畏敬の念をもって火を礼拝している。

 この物質宇宙の中で、火ほど価値のあるものはない。われわれの太陽系の中心である太陽は、白熱した、炎を発する天体である。その炎は日食のときに見ることができるが、数百マイルの長さである。そして、黒点が現れるときは、たいてい同時に、北極のオーロラが並々ならぬ明るさになる。火は巨大な炭坑の中に貯えられており、産業界の手によって掘り起こされている。火は商業の車輪を回し、世界を巡る船のスクリューを回転させる力である。

 爆薬を素早く燃焼させることが、現代のどの戦争兵器でも肝心である。その恐るべき威力は、爆弾、モーゼル弾、殺戮砲からわかる。

 電気は火の一つの形態であるが、十九世紀の生活にますます広く利用されるようになりつつあり、現代の仕事や活動のすべての方法を変革しつつある。電気が神秘の対象で、よくわからない恐るべきものだった時もあった。天空の稲妻が実際の力であることは分かっていたが、それがいつ誰を打つのかは誰にもわからなかった。だれもあえてそれを制御したり、利用したりしようとはしなかった。しかし、フランクリンが凧と引き綱で雷雲からその火花を引き出して以来、科学は天を測るようになった。今では、子供でもこの巨大な力を無傷で利用できる。電気はわれわれの指先まで届いており、われわれの日常生活の中に溶け込んでいる。それを奇妙に思ったり、不思議に思うことはない。電気の火花がわれわれの呼び鈴をならし、時計を回し、コーヒーを挽き、灯し、あたため、車を走らせ、知らせを伝え、銀食器をめっきし、写真を写す。


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