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 次に、この二つの節が共に示していることに注意して下さい。エリヤはカルメル山に上って行き、彼の頭をひざの間に伏せました。ヤコブは言います、「彼が再び祈ると、天が開かれました」。「彼が再び祈った」ことに何と多くのことがかかっていたことでしょう。彼は自分の僕に「行って海の方を見なさい」と言いました。パウロは「目を覚まして祈りなさい」と述べています。「再び七回行きなさい」。エリヤは祈って、こう述べます、「主よ、あの祭壇、あの十字架がこの問題全体を片付けて、この結果を確保しました。私はその上に立ちます。今や、悪の力は砕かれて、主の全き主権が介入しなければなりません」。彼はこの必死の祈りの中で、これに基づいてそこに立っています。彼は自分の僕を見るために遣わします。何も見えません。「エリヤよ、それは無駄です。それに効き目はありません」。エリヤは言います、「主よ、あの血は十分です。私はその上に立ちます。あなたが介入して下さらなければなりません。私はそのために立ちます」。でも、何も見えません。そこで再び――「主よ、私は待ち続けます」。これを七回繰り返しました。全き辛抱強さです。六回ではだめです。何も見えません。エリヤは中断して、「これは効き目がないのだろうか?」と言います。否、七回目になって、遂にこの人が戻って来て「雲が見えます」と言います。それで十分です、「行ってアハブに告げなさい」――信仰はこの小さなものを握って、「間もなくこの小さなものは巨大なものになります」「この天の戦いを祈りによって切り抜けて、この祭壇が確保したものが実現されることになります」と信じます。祭壇はイスラエルの中に神の主権を確保しました。祭壇が偽りの神々を打ち倒しました。エリヤは根気の限りを尽くして、あの血の立場に基づいて、戦い抜かなければなりませんでした。七回彼はじっと待ち、しるしが何もなくても気にしません。

 パウロは言います、私たちの戦いは上なる天においてであり、そこでの祈り、忍耐、警戒による、と――彼は言います、それは神の民のためである、と。たんなる個人的なものではありません。これはからだ全体と関係しているものです。私たちはキリストのからだのために戦っているのであり、教会は天の中に入って治めなければなりません。


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