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(3)無私無欲さに関して

 訓練のさらなる面は、私たちが行うことあるいは行いそこなうことは他の人々に影響を及ぼす事実を常に自覚する必要性と関係しています。その実例がこの本の中に示されています。それは一人の特定の人(そして、おそらくその人の例があてはまる他の人々)に関するもので、その人は戦時下に番兵の務めについていました。彼は極度に、ひどく疲れており、消耗しかけていました。しかし、彼には守るべきとても重要な拠点がありました。彼の警戒に多くの命がかかっていました。そこで、静かに一人で、夜に長時間、一ヵ所に立って警護しなければならなかったので、彼はどうしたでしょう?彼は自分のライフル銃を自分の前に置いて、その銃剣を固定し、銃剣の切っ先に自分の顎を乗せたのです。眠くてこっくりしようものなら――何が起きるか彼にはわかっていました。他の人々のためにそうしたのです!人は義務感のゆえにそのようにするべきである、とこの最高司令官は銘記しました。こっくりしていたなら、そのとき眠りに落ちていたなら、おそらく敵につけ込まれていたでしょう。サタンにつけ込まれることについて新約聖書が何と述べているのか、私たちは知っています(二コリ二・一一)。

 しかしここでもまた、訓練の核心は次のことを理解することです。すなわち、私たちは自分に生きるのでも自分に死ぬのでもないのです(ローマ一四・七)。私たちが行うことは他の人々に影響を及ぼすのです。これはすでに前の章で述べました。しかし、この文脈で再び現れるので、それが重ねて強調していることを聞こうではありませんか。「さてそれでは、私はなすべきか――なさざるべきか――それは自分自身のためだけではない。もし自分自身だけのことなら、何の意味があるだろう?」。もし最初から最後まで私たち自身に関することにすぎなかったなら、おそらく、私たちは自分の命を手放し、自分の証しを手放していたでしょう。しかし、そこにはさらに優ったものがたくさんあるのです。「私はそうしませんし、そうしてはなりません――あるいは私はそうしなければなりません――それは……」――それは他の人々のためであり、この戦いのためです。訓練は無私無欲であることを要求します。


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