FC2ブログ

他人に関する誤った考え

 最後に、この軍隊の中の他の人々――教会の中の他の人々――に関する間違った考えに移ることにします。私たちは互いに関して多くの間違った考えを抱いています。その中の幾つかは述べる価値があまりありません。ご存じのように、えり好みすること、他の男性や女性を見てあまり役に立たない者と見限って、「さて、この人は、ご存じのように、何かの役に立ちますし、何らかの意義があります。この人は基準に達しています。しかし、このもう一人の人は――だめです」と言うことはとても容易です。よく注意して下さい!これは危険です。私たちのえり好み、人々に関する私たちの判断によって、活動全体が妨げられるおそれがあります。結局のところ、私たち自身はどうなのでしょう?もし主が私たちに適切な度量、身の丈、資質を格別に要求しておられたなら、実際に要求しておられたなら、あなたはどこにいたでしょう、私はどこにいたでしょう?私はどこにいたでしょう?あなたはどこにいたでしょう?自分がどこにいたであろうかはわかっています。私はこの戦いもしくは務めの中にいなかったでしょう!主が必要をすべて供給して私をその中に保って下さらなければなりませんと、私はだいぶ前に主と話をつけました。しかし、主は他の人々についてもそうしなければなりませんし、主にはそうできることがわかります。私たちはこの問題に関してとても注意深くなければなりません。

 私たちは次のことにもとても注意深くなければなりません。つまり、しばしばそうしがちですが、私たちは他の人々のことを、私たちを凌ごうとしている競争相手、対抗相手と見なしてはならないのです。私たちは私たち自身の地位、私たち自身の権利や権限に「過敏」であってはなりません。他の誰かが私たちの前に置かれても、あるいは私たちの場所に置かれて、好意を受けたりしているように思われても、あまり過敏になったり激したりしてはなりません。クリスチャンたちの間でそのような姿勢を取ろうと思うのは恐ろしいことですが、いとも容易に起きてしまいます。自分たちを不利な立場にするかのように思われることがされたからといって個人的に立腹するなら、私たちはこの戦いからたちまち締め出されるおそれがあります――この戦いから締め出されてしまうのです!
このような状況のとき、それが正しいと判断しても間違っていると判断しても、私たちの姿勢は次のようなものでなければなりません、「主よ、私はあなたのものです。私はあなたの部下です。私がこの状況にあるのはあなたのためです。人々は好きなことがすることができます――私を追い出し、他の人々を私の上に置くことができます。彼らは好きなことをすることができます。これはあなたと私の間のことであり、主よ、あなたと彼らの間のことです」。他の人々のせいで怒り、傷つき、悲しむことをあなたが自分に許すなら、それを根拠として敵がやって来て、あなたは犠牲者になります――あなたは折り畳み式ベッドに載せられてただちに搬送されてしまいます!もしそのように倒れるなら、あなたは戦いの役に立たなくなります。注意して下さい!他の人々と関係するような時、自分たちの姿勢、自分たちの考えに注意しようではありませんか。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

プロフィール
カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ