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激しい軍務の問題

 さて、士気の問題に関して先に進む前に、私たちの戦いの一般的問題に戻ってもいいでしょうか。私たちは教会、キリストのからだ、他の事柄のような、神聖な真理や啓示の様々な面についての教えをたくさん持っているかもしれません。その教えに価値がないわけではないかもしれません――大いに有益でさえあるかもしれません。しかし私には疑問です。私たちは、実際に戦時体制にある主の民として、自分の存在中にこれが十分に刻み込まれているでしょうか。私たち神の民は戦時下の戦場にあるべきものと見なされていることを、私たちは本当に自覚しているでしょうか?どの分隊、どの個人も、次のような自覚・意識を持っているでしょうか?私たちは一大軍事作戦中なのです。この問題がやむことはありませんし、私たちはどっぷりとその中につかっているのです。キリスト者の軍務という主題に関する私たちの教え、指導、情報と、実際に戦いの中にある――激しい軍務に就いている――という自覚との間に、実際には乖離があるかもしれませんし、確かに乖離があることがしばしばです。主の民の多くがこの教えに耳を傾け、それに興味を持ちますが、実際にはこの戦いの中にありませんし、実際にこの戦いの役に立ってもいません。「進め、キリスト者の兵士たちよ!」と歌っても全然戦わないなら、それは愚かなことです。

 きっと、今のような時、主は私たち全員に、若者にも老人にも同じように、こう仰せられるでしょう、「自分が激しい軍務の中に、一大軍事作戦の中にある事実を、あなたは本当に自覚しているでしょうか?あなたはこの宇宙で進行している途方もないことの一部であること、その中であなたは大いに決定的な個人的地位に就いていることを、あなたは本当に自覚しているでしょうか?」。私たちがこれを決定的かつ明確に自覚するようになることが緊急の課題です。もしかすると、私たちの敗北の多く、私たちの間の惨事の多くは、大部分次の事実によるのかもしれません。すなわち、私たちは敵との戦いに向かっておらず、あまりにも敵をのさばらせているのです。敵に地歩を与えて、敵が私たちを弄んで好き勝手するのを許しているのです。この問題に関して私たちが自分の足で立ってさえいれば、おそらく、避けられた災難もあったでしょう。私たちは諸々の環境――肉体的弱さも含めて――を無関係な単独のものとしてしか受け入れてきませんでした。それに立ち向かって、せめて「この裏には敵からのものがどれくらいあるのだろう?」と尋ねることすらしなかったのです。もちろん、肉体等の制限に関するすべての事例で敵が優位に立っているわけではないかもしれませんが、とても多くの場合、敵が優位に立っています。解放の道は、私たちは「永遠の命を握」って「信仰の良い戦いを戦」(一テモ六・一二、欽定訳)わなければならないことを認識することです。「永遠の命を握りなさい」!


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