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人類が神の目標である

 今朝、私たちは聖書の多くの節を読みました。私は同様のもっと多くの節を加えたいと思いましたが、出発点としてはこれで十分です。これらの節がいったい何について述べているのかわかるでしょうか?最初の創世記から聖書全体を通して、それは一つのもの、すなわち人についてです。否、二人の人についてです。そして私たちが専念しようとしているのはこの二重の人性、もしくは二つの人類についてです。なぜなら、彼らが全聖書の主題だからです。聖書は神と人の物語であり、すべてはそれに集約されます。これと関係するものしか聖書の中にはありません。

 もちろん、聖書は神と共に始まります。「初めに神が……」。第一に、私たちは神の事実を持ちます。ここからあなたは始めます。そして間もなく人に出くわします。人の歴史は神と共に始まります。事実としての神と共に始まります――すべてを開始・指揮される神と共に始まります。働く神と共に始まります――神の御心が行動となって現われ、御心にしたがって神は行動されます。これが聖書の原則であることを思い出して下さい。神の御心が知りたければ、神の行いによってわかります。行おうと神が言われたことによって必ず分かるとは限りません。大抵、神の御心が啓示されるのは、神があなたの耳に語られることによってよりも、神があなたを取り扱われる方法によっての方が多いのです。

 神は行動によって語っておられます。御業によってとても大きな声で語っておられます。神の御心は神の行動によって啓示されつつあります。神は働いておられます。人のためにすべてを整えるために働いておられます。神がこの準備をして、人を生じさせた時、神は「もはやなすべきことはありません。これで休むことができます」と仰せられました。そして、御自身が用意した場所・舞台に人を導入した時、神は安息されました。

 新約聖書が私たちに告げているように、この人アダムは来るべき方の絵図です。その御方によって、神は最終的に完全な安息を見い出されます。人は構成され、調整され、環境を与えられ、試験されました。神の権益はすべて人を中心としていました。事物が中心ではありませんでした。神の目標は事物ではありません。人が神の目標です。人類が神の目標です。


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