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五.機能の合一

「一つの体の中には多くの肢体があり、そしてすべての肢体が同じ機能を持っていないように、私たちも数は多いのですが、キリストの中で一つからだであり、そして各自は互いに肢体なのです」(ロマ一二・四、五)。

「それは、体が一つであって多くの肢体があり、体のすべての肢体が多くあっても一つの体であるように、キリストも同様だからです。なぜなら、私たちはユダヤ人もギリシャ人も、奴隷も自由人も、みな一つ御霊の中で、一つからだの中へとバプテスマされ、みな一つ御霊を飲むようにされたからです。体は一つの肢体ではなく、多くの肢体から成っています。もし足が、『私は手ではないから、体に属していない』と言ったとしても、それで体に属していないわけではありません。またもし耳が、『私は目ではないから、体に属していない』と言ったとしても、それで体に属していないわけではありません。もし体全体が目であるとしたら、どこで聞くのでしょうか?もし全体が聞くとしたら、どこでかぐのでしょうか?しかし今、神は各肢体を、それぞれ体の中に、みこころのままに置かれました。もしそれらがみな一つの肢体であるとしたら、体はどこにあるでしょうか?しかし今や、それらは多くの肢体ですが、一つの体です。目は手に向かって、『私はあなたを必要としない』と言うことはできません。また頭は足に向かって、『私はあなたを必要としない』と言うことはできません。それどころか、ほかより弱いと思われる体の肢体こそ、むしろ必要なのです。そして私たちは、ほかより尊くないと思う体の部分に、さらに豊かな尊さを授けます。こうして、私たちの美しくない肢体は、さらに豊かな美しさを持つようになります。ところが、私たちの美しい肢体には、その必要はありません。神は欠けている部分にさらに豊かな尊さを与えて、体を共に調和させられました。それは体に分裂がなく、肢体が互いに同じ顧みを持つためです。もし一つの肢体が苦しむなら、すべての肢体が共に苦しみます。もし一つの肢体が栄光を受けるなら、すべての肢体が共に喜びます。今や、あなたたちはキリストのからだであり、そして各自はその肢体なのです」(一コリ一二・一二~二七)。

「……彼のからだであり、すべての中ですべてを満たしている方の豊満です」(エペ一・二三)。

「それは彼が(中略)両者を一つからだの中で神に和解させるためでした」(エペ二・一五、一六)。

「……それは、聖徒たちを成就して、務めの働きへと、キリストのからだの建造へと至らせるためです」(エペ四・一二)。

「キリスト(中略)この方から、からだ全体は、供給するあらゆる節々を通して、しっかりと共に結合され組み合わされ(中略)増し加わります」(エペ四・一五、一六)。

「彼は、教会であるからだのかしらです」(コロ一・一八)。

「なぜなら、夫は妻のかしらだからです。それは、キリストが教会のかしらであって、彼御自身がからだの救い主であるようにです」(エペ五・二三)。

「私たちは彼のからだの肢体です」(エペ五・三〇)。


 キリストとの合一に関するこの偉大な多面的啓示についての考察を続けることにします。私たちは今や、キリストとの合一の五番目の面に来ます。それは、私たちが機能の合一と呼んでいるものです。つまり、かしらと肢体を伴う一つのからだとしてです。


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