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 まず第一に、ヨルダン川を発効させなければなりません。ヨルダン川はどのように発効されるのでしょう?ギルガルにおいてです。「ナイフを研ぎなさい」。士師記二・一は、「そして主の御使いはギルガルからボキムに上って言った、『私はあなたたちをエジプトから連れ出した』」と述べています。そして御使いは、彼らの素晴らしい解放と良き地の相続についての物語を告げ、それから、「なぜあなたたちは私の声に従わなかったのか?」と告げます。主の御使いはギルガルからボキムに上って行きました。主の住まいはギルガルにありました。主はギルガルに住んでおられました。問題は、人々がもはやギルガルに下って行かないことでした。ギルガルはヨルダン川が経験的に発効される場所であり、十字架が働いて肉を断ち切る場所です。神はそこに住まわれます。そしてヨシュア記では、人々が戦いに出かける時は常にギルガルに戻りました。今、彼らはギルガルに戻りませんでした。主は「上って行きなさい」と私たちに命じておられますが、私たちは自信、高ぶった思い、自尊心から離れなければなりません。ギルガルは主イエスが自己を空しくされた十字架を表しています。主の御使いが上って行ったのは、人々が下って行かなかったからです。彼は「悲しむ人々」を意味するボキムに上って行きました。霊的に、それは涙の場所です。私たちの肉を十字架の下に保つ必要性を意識しなくなるやいなや、力は失われます。あなたは十字架について不平を述べているのでしょうか?この磔殺の働きはとても辛いものです――常に十字架に付けられなければなりません。何度も何度も、ますます十字架に付けられなければなりません。そして、私たちは悲しく感じます。

 あの十字架を私たちの生活の中に保つ必要性を認識しそこなうやいなや、私たちが涙を流すことになるのももっともなことです。十字架は喜び・勝利・命の道です。それを正しく理解するなら、それは涙を伴わない道です。敵のあらゆる優位性の根拠は、あの十字架によって取り除かれます。それは喜ぶ機会を与えてくれます。私たちは十字架についての新たな理解を得なければなりません。私たちはそれを何か恐ろしいものとして考えてきました。私たちを滅ぼすために敵が頼りにしているものはあの十字架によって無効化されること、そして、私たちがそれを認識しそこなうやいなや、敵が立場を得て、私たちは霊的に涙を流すことになることがわかります。今日、とても多くの人々が、失敗と敗北のせいで、霊的に涙の中にあります。至る所で彼らの呻きとため息が聞こえます。彼らには何の力もありません。正しく理解するなら、ギルガルはこれを正します。主はどこにおられるのでしょう?主イエスの十字架の意義が生活の中で有効化されて経験的なものになっている所に、常に主を見い出します。その場所であなたはそれを見い出します。彼はギルガルに住んでおられます。これが士師記の中に何度も何度も繰り返されています。


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