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 可視的教会はその当初の力と権威を失っている、というのがシュヴェンクフェルトの確固たる見解だった。そして彼はまた、神が良しとされる時にそれは再びその元の活気とその当初の征服力とに回復される、という不屈の信仰と希望を抱いていた。「私たちは問います」と彼は記している。「使徒的類型に属する、キリストのみこころにかなう外面的教会は、今日、世界のどこに共に集まっているのでしょう」。そして、世界中の至るところに散らされてはいるものの――トルコやカルカッタにも――神は御自身の忠信な民を持っておられる、と彼は言う。彼らはただ神だけが御存知であり、キリストのような聖なる生活を送っている。また、肉体となられた生ける御言葉であるキリストは、彼らを内面的に聖霊でバプテスマし、外面的な説教や礼典を用いずに彼らを内面的に養い、御自身の律法を彼らの心の中に書き記して永遠の命の中に導き入れて下さる。しかし、使徒的な完全に改革されたキリストの教会、すなわち彼の生けるからだにして御霊の器官が、神聖な賜物と力と職務とを帯びて、世の中に再び現れる時が来ようとしている。「それまでは、選ばれた神の子供たちよ」と彼は記している。「次のことに喜びと慰めを覚えよ。すなわち、あなたたちの救いは外面的教会や、礼典の使用や、外面的ないかなるものにも基づいておらず、ただ私たちの主イエス・キリストにのみ基づいており、真の生ける信仰を通して受けるものなのです」。

 シュヴェンクフェルト自身にとって重要な問題は、この内なる命が増し加わること、人々の心の中で神のこの王国が静かに成長すること、この目に見えない教会が広がることだった。しかし、神は最終的に御自身の可視的教会の昔の栄光を回復されることを、彼の書き物は明確に示唆している。「あなたたちは」と彼は手紙の一つの中で述べている。「神が真の使徒たち、説教者たち、伝道者たちを起こして下さるよう、熱心に祈るべきです。それは彼の教会がキリストにあって改革され、聖霊にあって教わり、統合されて一つになるためです。また、福音の純粋な宣べ伝えと、礼典に関する正しい理解とその使用に関する私たちの誇りが、神の御前で真実なものとなるためです」。そして、次のような時が来つつあるとわれわれは信じることができる。その時、礼典はキリストのみこころにしたがって用いられようになり、真のクリスチャンの教会が出現するのである。その教会は外面的には使徒的奉仕者たちから教わり、内面的には主御自身から教わるであろう。しかしながら幸運なことに、救いはいかなる外面的なものにも基づかない。そして、停止もしくは暫定の期間中、外面的礼典を休止しても何も恐れるべき危険はない。


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