神はこの聖別を受け入れられた

 祭司たちが神をしかるべき所に置いた時、そして、神に対して閉ざされている扉がどこにもなくなった時、神はこの聖別を受け入れられた。神が外庭におられた時には何の輝きもなかった。彼が聖所におられた時、また至聖所におられた時でさえ、何の輝きもなかった。竿が引き抜かれた時でさえ、何の輝きもなかった。祭司たちが外に出て、身を引き、その場所に関する所有権をすべて放棄し、その建物を神に委ねた時はじめて、その場所は栄光で満たされたのである。そしてこれがなされるまで、何もなされなかったのである。

 昔の宮に対するシェキナの関係は、これらの宮――それはわれわれである――に対する聖霊の関係と同じであることは御存知だろう。

 ――「この方にあって、あなたたちもまた、御霊を通して、神の住まいのために共に建造されます」(エペ二・二二)。

 ――「それとも、あなたたちの体はあなたたちの内におられる聖霊の宮であることを知らないのですか?」(一コリ六・一九)。

 それゆえこれが、聖別に関する神の面についてのこの型の途方もない予型的意義である――つまり、それは聖霊の満たしなのである。これについて考えてみよ!全存在を心から、誠実に明け渡して、イエス・キリストに所有してもらうことに対する神の応答は、その人全体――霊・魂・体――を満たすことなのである。聖霊で満たすことなのである。これと比べると、人の側は何と取るに足りないことか。しかしそれでも、それは何と筆舌に尽くしがたいほど重要であることか。なぜなら、御霊の豊かな臨在はそれにかかっているからである。

 友よ、われわれは見えるところによってではなく、信仰によって歩んでいる。いにしえの祭司たちはこの栄光――それで神はこの家を満たされた――を見ることができた。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

プロフィール
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ