キリストが人々の前で複製されること

 これを彼は「善」と呼んでいるのである。それではパウロの意志は、キリストに似た者となること――キリストほど善くはないが、ある程度キリストのように善くなること――に失敗したのだろうか?その通りである。

 彼はそれをさらに説明するために、おそらく、あの幸いな人のことを思い浮かべただろう。

 彼は山上の垂訓を読んだ。きっと彼はそれを経綸的に正しい場所に置いただろうが、「自分は恵みの中に又教会の中におり、王国の中に又律法の下にいるわけではないから、王国生活よりも低い水準で生きても構わない」とは一瞬たりとも言おうとしなかっただろう――むしろ、「いっそう高い要求が自分に課せられている」と彼は言っただろう。彼の心の中にはこの消極的で劣悪な道徳規範はまったくなかったが、他方において、彼の心の中にはキリスト者の標準を形成しているこの霊的道徳規範があった。「幸いなるかな、霊の中で貧しい者」と彼は言っただろう。次に、彼が自分の胸を打ち叩いて、「ああ、高慢なパウロよ!ああ、パウロよ、お前はいつ霊の中で貧しくなるのか?」と言うのを、私は思い浮かべることができる。また、おそらく、それより前の経験の段階では、「私は霊の中で貧しくなります」と彼は言っていただろう。

 「幸いなるかな、柔和な者」。

 「ああ」と彼は後に言った。「私は罪人の頭です。この柔和という言葉を読む時、彼に向かって目を上げようという気にはなりません――私には無理です」。

 聴衆の方々、あなたは柔和になろうとしたことがあるだろうか?もしあるなら、あなたはそれに成功しただろうか?誰でも柔和そうに行動することはできるし、一種の偽善者として行き巡ることもできる。


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