内側に生きておられるキリストを外側に生かし出すべきこと

 神は肉――利己的な人――に何も期待しておられない。神の勘定では、われわれの古い人はキリストと共に十字架に付けられた。この古い人は一文字から成る一つの恐ろしい言葉――罪――によって要約される。罪の諸々の行いは、罪であるところの或る性質から発する。

 一つの偉大な輝かしい節により、聖霊は使徒パウロを通して、使徒の実際の経験の観点から、この新しい命の事実及び方法について述べておられる。それは「私はキリストと共に十字架に付けられています」という節である。

 これは意識上の事実ではなく啓示上の事実である。パウロは十字架に付けられたと「感じて」いるのではなく、神の勘定ではそうであると勘定されており、これを使徒もまた真実であると勘定しているのである。神は古いタルソのサウロには何も期待しておられず、ローマ書七章の経験により使徒はサウロに関する決定的真理を学んだのである。

 「私の中には、すなわち私の肉の中には、何の善も宿っていません。」

 次に、意識上の事実が生じる。「それにもかかわらず私は生きています」。これに「キリストが私の中に生きておられます」という別の事実が続く。

 サウルはなおも生きているが、キリストの死もしくは再来がサウルの命の終わりとなるだろうし、またキリストもパウロの内に生きておられるのである。

 次に、その実際的・現実的結果が生じる。「私がいま肉(体)にあって生きているその命」。

 この命をどのように生きるべきか?聖霊は、一般的に言って教会が一度も達したことのない一つの答えを与えておられる。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

プロフィール
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ