苦難によって完成される霊的備え

 しかし次に、神がヨセフの苦難の中におられたことがわかります。神の主権の御手の下で苦難が必要だったことがわかります。苦難は王座のために彼を備えるものだったのです。もし苦しむなら治めるようになります。これはたんなる苦難の事実のためではなく、苦難が私たちの内で成し遂げることのためです。ヨセフの苦難は偉大なことを成し遂げて、王座のために彼を整えたのです。

 彼は仕える方法を学ばなければなりませんでした。なぜなら、奉仕が王座のしるしだからです。遂に彼が王座に達した時、それは彼の兄弟たちに仕えることでした。私たちの永遠の運命は無為な余暇の生活である、と思わないようにしましょう。その素晴らしい点は奉仕です。「彼の僕たちは彼に仕える」。彼は奉仕を学ばなければならず、厳しい学校でそれを学びました。ポティファルの家は、僕になることをそこでヨセフが学んだ学校でした。彼の学校はとても厳しい困難な学校でした――エジプト人の家の僕でした。神の皇子の子供、イスラエルが心を寄せる息子は、ポティファルの家での奉仕によって服従を学びました。すべて空っぽにされました。それは、治める方法、高ぶらずに富を持つ方法を、彼が学ぶためでした。満たされるために空にされ、高く上げられるために低くされました。高く上げられた状態で奉仕するために、低くされた状態で奉仕しました。この諸々の苦難は何事かを成し遂げつつありました。ヨセフの苦難をすべて網羅することはできませんが、諸々の苦難が臨んだのは王座に至る道としてだったのです。

 ですから、ヨセフは真に霊的な教会とその宿命とを表しています。その宿命とは、キリストと共に統治することです。当面のあいだ、この統治する地位への小径は、拒絶、苦難、拒否、屈辱の小径です。そしてそのほとんどは、霊的でない神の民の間にある肉的要素によります。

 さて、これ以上何を述べることができるでしょう?王座に達することは目標に達することです。命の道、命の働きがわかります。


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