「しかし今や、あなたたちは罪から解放されて神の僕になり、聖潔に至る実を結んでいます。その終極は永遠の命です。罪の支払う報酬は死です。しかし神の無代価の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠の命です。」(ロマ六・二二~二三、改訂訳)

 この一連の黙想で私たちが特に注目している節、すなわちローマ八・二は、いま読んだこれらの節の後に直接続きます。なぜなら、この二つの節の間に来るものは挿入だからです。

 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」

 私たちは命の七重の法則の五番目の表現に来ます。命の法則は一つです。すなわち、命は一つの法則です。しかし、この命、この法則は七つの異なる方法で働きます。全き命はこの七つをすべて要求します。この七つのものがすべて一つの命を構成します。ここで分かるのは、この命を私たちが受け入れて、この命に私たちの中で自分の道を行かせ、私たちがそれに従順なら、この命はそれ自身の法則により、この七つの方法で働くということです。この七つの方法はこの命の必然的働きです。なぜなら、この命は一つの法則だからです。すでに述べたように、またよくご存じのように、ある法則が確立・受容・認識されるとき、その法則はある一定の方法で働きます。この働きは全く自発的で、まったく自然です。自動的であると言えます。ですから、命が確立されて人がそれに従う時、命は一定の方法で働きます。この神聖な命も、もしそれが私たちを治めることを許すなら、必然的かつ自然に七つの結果をもたらします。なぜなら、この七つの結果はみな命の構成要素であり、命の七重の表現だからです。結局のところ、クリスチャン生活は一つのとても単純な公理に帰着します。クリスチャンになるのにこれをすべて理解する必要はありません。しかし、人が一度クリスチャンになるなら、特定のことが起き始めます。そして、何が起きているのかを理解することには、とても大きな価値があります。なぜなら、それは神がなさっていること、神が求めておられるものを理解することだからです。しかし、命の霊が私たちの中で差し止められずに妨げなく働くなら、私たちが主と共に進み続けるなら、こうしたことが起きます。


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