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 ロサンゼルスのある年配の女性は両側肺炎をわずらっていた。医師たちは彼女を見放した。彼女はただちに癒され、起き上がって服を着、家を歩き回った。

 多くの精神障碍者が完全に癒されるのを私たちは見てきた。折れた骨が直ちに癒されて、完全に正常に健やかになるのを私たちは見てきた。

 紙面があれば、見放されて死に渡されていたが完全に回復された男たちや女たちについて述べることもできただろう。

 最も注目に値する事例の一つが過去二年の間に起きた。一人の母親が電話をかけてきて、「私の娘はすでに手術台の上にいて、麻酔薬を吸入するところです」と言って、娘のために祈るよう私に求めた。私たちは祈った。すると、医者たちが彼女に麻酔薬を与える前に、手術しようとしていたものが直ちに彼女の体からなくなったのである。

 これらの事例は、神は主イエスと共に働かれたように私たちとも共に働かれることを意味する。

 シアトルにいる間、数百人の男女が癒されるのを私は見てきた。

 この国のすべての医者が、私たちが私たちの務めで目撃したのと同じくらいの数の癒しを施していたなら、医者は用済みになっていただろう。診てもらいにやって来る患者を収容する建物は不用になっていただろう。

 これらの年月の間ずっと、私は主イエスの御名と恵みの力を目撃してきたのである。


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 ブレインの町で、私たちはとても多くの癒しを見た。自動車事故で負傷した学校教師がやって来た。彼女はひどい苦しみの中に生きていた。X線写真には砕けた背骨が写っていた。彼女はただちに癒された。

 損傷した背骨が完全に癒されるのを私がどれほど多く見てきたのかはわからない。

 サンフランシスコである人が兵士からけがを負い、三年半の間ギブスの中で横たわっていた。その後、病院から退院した時、彼は鉄製の胴衣を着ていた。彼は直ちに癒され、鉄製の胴衣を脱いだ。自分の体をどの方向にも曲げることができた。翌日、彼は何の不自由もなく、また弱さを全く感じることなく、鍛冶屋で大槌を振るったのである。

 ロサンゼルスのもう一人の人は干し草の仕入れ人だった。納屋の暗闇の中、干し草をかき分けて進んでいるとき、彼は台から落ち、飼い葉おけで背中を打って、背骨がまったく折れて砕けてしまったのだった。

 私の記憶が正しければ、彼は十九枚のX線写真を撮ったと言っていた。彼は鉄の胴着を着ていた。私たちが祈ると、彼はただちに癒された。翌日、彼は百ポンドの豆袋を車に積むことができた。鉄の胴着を着ていた前日には、五ポンドも持ち上げられなかったのにである。

 このシアトルにいた背骨の折れた他の人々も直ちに癒された。

 私たちが背中に手を置くと、曲がった背骨がすぐに真っすぐになるのを私は見てきた。私たちが祈っている間に、肺炎が直ちに癒されて、それから完全に解放される事例を、私はたくさん見てきた。


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 ニューブランズヴィック州のフレデリックトンで集会を開いている間、一人の人が損傷した背骨のために病院で治療を受けるためにノーザン・メーンからやって来た。彼は数カ月間治療を受けていた。彼は私たちの集会の知らせを見てやって来て、自分のために祈るよう私に求めた。私は彼に一度も会ったことがなかった。私は御言葉を開き、祈りの言葉を少し与えた。そして、彼は出て行った。

 フレデリックトンでの私たちの集会で彼を見ることは二度となかった。数日後、私はメーンのアラガシュから手紙を受け取った。一人の人が私の集会に行き、損傷した背骨を癒されたこと、また、自分たちのために私に祈ってほしい、とその手紙は述べていた。この人に関してとても多くの祈りの要望ととても多くの証しが寄せられたため、私の働き人数名と私自身がノーザン・メーンのその大きな狩場・漁場に出かけて行った。

 私たちがそこで御言葉を開いたのは三日間だけだったが、その時なさった御業を神がなさるのを見ることは二度となかった。この人の証しの結果、数人が癒しを受けた。これにより三日間の集会に特別な関心が寄せられるようになり、最終日に私たちが病人のために祈ると、多くの著しい癒しが起きた。

 男性と女性が続々と前に出てきた。あるいは、前に連れてこられた。そして直ちに癒された。

 何年間もベッドで寝たきりだった男性や女性が、集会中私たちが祈っている時に、前後に歩くのを見た喜びを私は決して忘れない。一人の人は十四年か十五年歩いたことがなかった。また別の人は十年か十二年歩いたことがなかった。私たちが祈った最後の人はローマ・カトリック教徒だった。その人の腕は約二年間麻痺していた。彼は私の手を握って、喜んで握手したのである。


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 私たちがマサチューセッツで奉仕をしていた間、癒しがますます頻繁になっていった。ある日、私はイエスの御名を用いることを発見した。すると、奇跡が日常的に起きるようになった。

 私はノーザン・メーンでの幾つかの出来事を覚えている。私が働きのためにモンティチェロにあるその町に到着した晩、「通りの向かいの女性が重病です」と私の接客係が私に言った。彼女は四回手術を受けたが、一向によくならなかった。

 彼女は大きな苦しみの中にいた。翌朝、私は彼女を訪問して御言葉を開き、「次の午後、あなたの夫が帰宅したら、私はあなたのために祈ります」と彼女に言った。私は彼をキリストに導くことを切望していたからである。

 彼女は言った、「私はこんなに苦しんでいます。今、私のために少し祈っていただけないでしょうか?」。すると、彼女は直ちに癒された。彼女はその晩、私たちの集会にやって来た。

 翌朝、胆石の女性のために祈るよう私は呼び出された。彼女は非常に苦しんでいた。彼女は直ちに癒された。すると彼女は言った、「私の姪がここにいて足とももの片方に丹毒を抱えています。自分の足で歩けないのです」。

 彼らは彼女が私のいる部屋に入るのを手助けした。私が祈ると、直ちに彼女は大喜びで踊り叫んだ。

 それが起きたのは三十年以上前のことである。昨年、初めてKJRに行った時、大陸の正反対側にあるカナダのニューブランズヴィック州の彼女から一通の手紙を受け取った。彼女は放送を通して私を見つけることができたのだった。何年も前にモンティチェロで彼女のために祈ったのが私なのかどうか、彼女は知りたがっていた。


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 ある日のこと、私たちの教会の事務員がやって来て、「妻のために祈ってもらえないでしょうか」と私に頼んだ。彼女は何カ月も病気だった。

 自分がそれからどれほどしり込みしたのか、私は決して忘れないだろう。私は行かなければならなかった。彼女はベッドに横たわっており、私は自分の知る最善の方法で彼女のために祈った。私はイエスの御名について理解していなかったが、神はその大いなる恵みにより私を尊んで下さり、彼女はただちに癒された。

 その晩、彼女は教会にやって来て、彼女の証しを与えた。それは多くの興奮と幾ばくかの批判を巻き起こした。「どちらにせよ、彼女はよくなる頃だったのです」と言う人々もいた。少数の人は、しかるべくそれを信じた。

 次に、隣町の若い女性が癒された。彼女は体が不自由で、歩けなかった。私の記憶が正しければ、彼女は手術を受けたのだが、それによって恐るべき状態に陥ったのだった。

 私は彼女のために祈った。彼女は直ちに癒され、起き上がって仕事に出かけた。彼女は現在、私たちの通信名簿に載っている。

 その日から、数々の癒しが臨んだ――あまり多くはなかった。祈りを求める人々が多くなかったからである。


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