藤井さんの幕屋なる地上の家はやぶれて、天にある手にて造らぬ永遠の家に帰った。如何に彼はその幕屋にありて歎き天より賜う住所をこの上に着んことを切に望んだか。如何に彼の願うところは寧ろ身を離れて主と共に居らんことであったか。彼のこの切なる願いは意外に早く突如として満たされた。皆驚いた。恐らく彼自身かかる早き死を予期しなかったであろう。その長年の祈りが忽ち聴かれたことに対し、われながら驚いているであろう。ああ、こんなに早く召して下さったのですか、と父なる神に感謝していることであろう。

 私が最近に彼に会ったのは六月三十日彼の厳父の埋骨式のありし日であった。その夜彼の語りしことの中に、「自分の預言書研究はヨエル書とオバデア書とマラキ書の下篇とだけが残っているから、来月号にはそれを書いて一先ず預言書研究を完結したいと思い、すっかり準備をととのえて、いざ筆を執って見るとどうしても筆が動かない。仕方ないからじっとしていると、エレミヤを読んで見る気になった。すると、偉大なる真理の累々たるを又新たに発見して、預言書研究の完結などは問題でない、之を書かずには居れないと思い、ペンを執って見ると流るるが如くにペンは動いて又エレミヤ号になった」と。かくて出来たのが七月号「人間エレミヤ」の雄篇である。彼の預言書研究は完結しなかった。「羔の婚姻」も完結しなかった。少なくとも「羔の婚姻」の完結するまでは神様は彼を生かして置いて下さる、と思った人も少なくはないであろう。しかしもう少しというところで筆は彼の手より落ちた。子供さんのことも未完結である。今三年もしくは五年生きていて下さらばと幼き者のために人々は思うであろう。彼は事業も完成しなかった。子供も成人しなかった。齢も進まなかった。一切未完結のまま地上四十三年の生涯を終えたのである。

 しかし神に引き廻され神に導かるる者の生涯に完結未完結ということはない。地上生涯の未完結は天国に於いて完結せられんがためである。のみならず、神に在る者の生涯は常に神に在りて完くある。彼は常に神に在った。本年に入り相次いで厳父と恩師を御国に送って以来、彼の生活態度に一層の真剣と深刻を加えたることを私共は認めた。彼の孤独は加速度的に深刻となった。一切の虚偽と軽薄と妥協と人工的平和とを憎む心は益々強くなった。一場の戯言すら、いみじくもたましいの誠実性を傷くるものたる場合には、彼は之をゆるすに堪えなかった。彼は最近多くの親しき人々と衝突した。彼の口に暴逆激越の言葉が上った。しかし「人間エレミヤ」の著者として、全く止むを得ないことであった。「われ汝の言を得て之を食らえり、汝の言はわが心の欣喜よろこび快楽たのしみなり、万軍の神エホバよ我は汝の名をもて称えらるるなり、われ嬉笑者わらうものあつまりに坐せずまた喜ばず、われ汝の手によりて独り坐す、汝憤怒いきどおりをもて我に充たし給えり」(エレミヤ記十五章一六、一七節)。青山会館に於ける内村先生記念講演会の後彼は私に言ったことがある、「他人と共同して事をするのは之でおしまいだ。之からは独りで歩く」と。彼は完全に独立した。そのことは完全に孤独になったことであった。彼は神の御手によりて独り歩み独り戦った。彼は味方の結束を強いて策しなかった。味方の陣営内に於ける理論闘争に従事する閑暇を持たなかった。彼は神の言にのみ身を委ねた。そして真理の敵の眼前にあるを見た。敵の大軍を物ともせず、味方の足並みを右顧左眄うこさべんせず、彼は長剣を提げて単身敵の重囲の中に斬り込んだ。そして一切他人には構わずまっしぐらに御国に凱旋してしまった。内村先生の死後彼の勇戦の武者振りの如何ばかりでありしかは、人の皆驚嘆したるところである。

 彼の信仰は神を絶対に義とし、神に絶対に信頼する生活そのものであった。彼の信仰は概念とか思想とか信条とかいうものではなかった。絶対信頼の思想にあらず、その感情にもあらず、絶対信頼の生活そのものであった。生活の中心、生活の内容、生活の態度であった。彼は生活中心と共に生活態度を重んじた。神を信ずると共に神を信ずる生活態度の誠実性を要求した。彼は最近私に語って言った、「もし信仰と真実といずれか一つを選ばねばならぬとするなら、自分は真実を選ぶ、何故なら真実なる心は神を知ることが出来るが、真実のない信仰はパリサイ主義に陥るから」と。彼が人生観の根柢を問題にするときは、それは単に人生の観方だけではない、又同時に人生の生き方の問題である。真実こそ彼の人生の根柢であった。真実を愛したる彼は一切の虚偽と打算を憎んだ。彼は厳かなる存在であった。しかし彼は人のたましいに透徹する愛を抱いた。人のたましいにいささかの真実をも見出したとき、彼の愛と同情とは骨の骨髄の髄まで沁み込んで来た。厳父の逝去に際して、如何ばかり彼がその厳父を熱愛していたかを見て、私はむしろ驚いたことを告白する。内村先生の逝去に当っても、如何に彼が先生を愛し誠心誠意を披瀝して先生のために尽くし先生のために弁護したるかは、私共をして驚嘆せしめたるものがあった。何人にても彼の愛に接したる者は、その愛がたましいに徹する愛なることを知っている。彼はいい加減の事の出来ない人であった。義を愛して虚偽を憎み、罪人をあわれみて弱者に同情する。義と憐憫と相会いたる人にして彼の如きは稀である。誠に彼は預言者の如くに憤り、預言者の如くに愛したのである。日本人よ、汝等の間に預言者はいたのだ。十年以上も神の言を叫びつづけたのだ。禍いなるかな、彼を踏み付け彼に聴かざりし者等。

 彼は預言者らしく生きた。その死もまた預言者らしくあった。七月十二日夜半から胃部に劇痛を訴え、十四日の午後三時四十五分死んだのである。その死の直前まで談笑して恰かも死の近きを予期せざるものの如くであったという。急を聞いて子供等全部二階に駈け上って彼の枕頭に並び、手を取って口々に「お父さんお父さん」と呼んだ。彼は大きく眼を見開き顔を大きく左から右に廻してずっと皆を見まわすこと二回。大きく口を開いた。何か言わんと欲するかの如くであったが、何も言葉はなかった。馳せつけた塚本さんが「藤井、藤井」と二声呼んだが、何も答えない。口を大きく開いて力強き呼吸をすること十数回、それから口を細めてうそぶくが如き深き長き呼吸数回、ポッキリ彼の呼吸は止まった。彼の下半身は布団の外に乗り出し、稍々下向きにて将に起き上らんとする姿勢であった。浴衣の裾はまくれ上って逞しき太腿はあらわれ正に腰ひきからげて駈け出さんとする壮漢の姿勢であった。下半身は野に向かう窓に面して横向きとなっていた。彼はその頭を出来るだけ斜上方に引き挙げてその眼ざしを天に向けた。之が彼の最後の動作であった。

 ああ彼は死んだ。しかしそは油の尽きた燈火の自然に消え行くが如くに彼の生命が消耗しつくして息絶えたのではない。彼は生命の有る間に死んだのである。然り、彼の死は死でない。生命より生命への跳躍であった。彼の死は安らかなる死といわんよりも勇ましき死であった。腰ひきからげ正に起き上って駈け出さんとする下半身、その顔を天に向け深きまなざしを以て彼方を見つめたるその上半身、之は天に昇らんとする者の姿勢である。彼の死に方は静的死ではない、動的死であった。もし天に昇る竜を描かんとする画家がここにいたなら、必ず霊感を受けたに違いない。彼は黙して死んだ。何の遺言もなかった。今更何を言い遺す必要があろうか。平生語りしところ悉くこれ遺言である。彼の教えが言葉にあらずして生活の生き方でありし如く、彼の遺言もまた言葉ではなくして其の死の死に方にあった。

 預言者は死んだ。然り預言者の死であった。その夕べ夕闇が武蔵野をつつむ頃おい、彼の家の側を通ずる野路をば数多の軍勢の一隊が雷霆の如き響きを立て重き車を駆って走せ過ぎた。彼の家の柱も壁も悉く震動した。陸軍の戦車隊が演習のために馳駆したものであった。その夜一時頃、再び戦車隊はこの路を走せた。その響きは前よりも更に高く全家鳴動梁塵悉く落つる勢いであった。これ預言者藤井の英霊を天に迎うるために神の送り給える戦車であると私は感じた。神は彼の凱旋をさかんにせられたのである。正にエリヤ天に昇るの概があった。

 勇ましくも厳かに彼は天国に帰った。主の御許みもとに感謝の再会をなしていることであろう。彼遺すところの児五人、百合子(十九)、ひろし(十七)、たつ(十四)、あかし(十二)、園子(九)の三男二女である。いずれも幼少、父もなく母もなく、彼等の前途は如何なるのであろうか。しかしここにこそ私共は藤井の信仰を受け継ぐべきである。神は神に絶対信頼する者を恥ずかしめ給うことはない。九年前彼の愛する妻の召されし時、彼と彼の子供の前途はどうなることかと人々は心配した。けれども今迄何の行詰りがあったか。人の思いにまさる恩恵を以て神は彼等を導いて来られた。キリストのもとにある彼の妻の祈りが彼の支えであった。然らば今彼もまた御許みもとに召されし今日、御国にある父母の祈りは一層の大いなる力を以て子等の支えとなるであろう。神を絶対に義とせよ、神に絶対に信頼せよ、藤井が生命をかけて信じたる神は必ず彼の子等を守り導き給うであろう。

 彼の臨終の枕頭に集まりし子等は口々に「お父さんお父さん」と呼び、そして涙ながらに「お父さん天国に行って待ってて下さい」、「お母さんと一しょに待ってて下さい」、「僕等もあとから行きます」と言った。洋君は明君の肩に手をかけて言った「明、お父さんは天国に行ったんだよ、僕達もあとから天国に行くんだよ、わかったか」と。藤井の子供は藤井の子供らしくある。願わくは神に守られ父母の信仰の道を歩みて天国にまで到らんことを。

 彼の告別式は七月十六日午後二時より柏木今井館にていとも清らかに行われた。金沢常雄君司会、酒枝義旗君聖書朗読、小池辰雄植木良佐塚本虎二の三君が感話を述べた。

 彼の生と死の故に神に感謝せよ。真理と恩恵の神に世々栄光と讃美とあれ。

(『藤井武君の面影』〈一九三二年二月刊〉より転載)

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