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 この節が祈りに関して私たちに教える最後の教訓は、聖霊があらゆる祈り求めの源であり本質である、ということです。また、それは賜物であって、それと共に他のあらゆる賜物と祝福の保証をもたらします。

 「なおさらあなたたちの天の父は、ご自身に求める者たちに、聖霊を与えて下さいます。」

 これは、他に求めるべきものはまったく何もないかのように述べられています。さらに注目すべきことに、マタイによる福音書のこのたとえ話の節では、「なおさらあなたたちの天の父は、ご自身に求める者たちに、聖霊を与えて下さいます」という言葉が使われています。ですから、「聖霊」と「良いもの」は同義語です。聖霊を持つ者は、すべての良いものを持つことになります。これが、古代の奇跡であるやもめの油の象徴的意味だったのではないでしょうか?彼女の油の壺から、すべての空の器に注いだところ、彼女の負債をすべて返済して、彼女の将来の生活のための収入を与えるのに十分な量になりました。彼女に必要なのは油の壺だけでした。それはあらゆる祝福のための通貨だったのです。

 聖霊も同じです。この天の賜物を持っている人は、無限の恵みの御座と無限に豊かな神と通じているのです。要求できないものは何もありません。ああ、いつになったら私たちは、神の王国と神の義をまず第一に求めることを学び、これらのものは加えて私たちに与えられることを理解するのでしょう!

 ディーン・アルフォードは、私たちの天の父について述べているこの結語の句の美しいギリシャ語構文に注意を促しています。「あなたたちの天の父」という節は、原文では、文字通りには、「天からの(out of heaven)あなたたちの父」となっています。この数節前の主の祈りでは「天におられる(in heaven)私たちの父」となっていますが、ここでは前置詞が変わっており、「天からの(out of heaven)あなたたちの父」となっています。この幸いな驚くべき変化はどうしてでしょう?私たちの父はすでに私たちに向かって進み始めておられ、聖霊によって私たちの心の中に入りつつあるのです。私たちの父は、心の中で祈っているすべての人のために、下界を天とするために聖霊を遣わされました。ですから、私たちは目を上に向けて私たちの祈りを開始する一方で、祈りを終えるとき、私たちの最も内側深くの存在は神の臨在と豊かさ、そして、神の永遠の恵みと力の御座で満たされるのです。
幸いな天の香檀よ、裂かれた幕の傍らにあって、その香を外なる部屋と内なる部屋に息吹き込むとは!ああ、永遠にそこにとどまろうではありませんか!

天が下るところで私たちの魂は会する。
そして栄光があわれみの座の冠となる。



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 おそらく、最も高度な祈りの務めは他の人々のための祈りです。この願い求めは嘆願者自身のためではなく、彼の友人のためでした。その友人は、旅の途中、彼の所にやって来て、食料貯蔵庫が空っぽで出すものが何もないことを見い出しました。文字通りには、これは「途方にくれた」友人を意味します。

 それは何と優しく人々――その人々のために私たちは絶えず私たちの天の友に進み出ます――の必要を示すことでしょう。このことを使徒ヤコブは祈りに言及して述べています、「互いに罪を告白し合い、互いのために祈りなさい。それはあなたたちが癒されるためです。義人の効果的で熱心な祈りは大いに効力があります」。次に、まさにこのことに特に言及して彼はこう付け加えます、「兄弟たちよ、もしあなたたちのうち、真理から迷い出た者がいて、誰かが彼を立ち返らせるなら、その人は知るべきです。罪人を誤った道から立ち返らせる人は(中略)おびただしい罪を覆うのです」。神に感謝します。私たちは道に迷ったこの人々――私たちの救われていない友人たち、私たちのさまよっている息子たちや娘たち、初めて主を見た時に経験した最初の愛と祝福から後退した私たちの兄弟たち――の問題を御前に持ち出すことができます。主は彼らの叫びを拒まれませんし、彼らに生けるパンを与えそこなうこともありません。

 多くの場合、私たちの最も大胆な祈りは他人のための祈りです。自分のための場合、私たちはおそらく利己的な動機を恐れるかもしれませんが、彼らのための場合、それは愛の祈りであることが分かっています。それが彼の栄光を求める祈りの場合、私たちはそのために彼の力強い勝利のみこころと執り成しを要求することができます。ああ、奉仕の道は閉ざされたとたびたび感じてきた人々よ、これは誰でも実行できる務めであり、最も強力な命の務めです!今から後、彼との交わりの中でそれを用いることに励もうではありませんか。彼は昇天以降の諸世紀を、他人のための祈りと、私たちの大祭司として御座の前で私たちの代弁者を務めることに、費やしてこられたのです。


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 私たちはまた、大胆さとしつこさの精神で御許に進み出るよう教わります。「そのしつこさのゆえに、起きて、必要なものを与えてくれるでしょう」。これはとても難しい節であり、様々な解釈がされてきた節です。「救いの計画の哲理」の思慮に富んだ著者であるウォーカー博士は、聖霊についての彼の著書の中で、次のことを示そうとしています。すなわち、ここのこの言葉は「極度」を意味すること、そして、その言葉が伝える思想は、この人の願いがかなえられたのは、彼の絶え間ない祈りのためではなく、彼が直面していた極度の苦悩と困難な緊急事態のためだったということです。しかし、この見解に対する十分な根拠は見い出せません。ギリシャ語は文字通りには「あつかましい(without shamefacedness)」を意味します。これは一テモテ二・九の「慎み深さ(shamefacedness)」という言葉の否定形であり、その正確な意味は大胆さと豪胆さです。次の真理に非聖書的な点は何もありません。この真理は、確かに、新約聖書の中に絶えず繰り返されています。すなわち、私たちは臆することなく、恵みの御座に大胆に進み出て、イエスのために、贖いによる私たちの権利を完全に要求するべきなのです。「私たちは大胆に入ります」と御言葉は私たちに告げます。「それは彼の信仰によってです」「ですから(中略)イエスの血により大胆に至聖所に入り(中略)信仰の全き確信に満ちた信実な心で近づこうではありませんか」「ですから恵みの御座に大胆に進み出ようではありませんか」。

 祖国の運命がかかった危機の時、もしエステルが王の前に進み出るのをためらっていたなら、間違いなく、自分の祝福を失っただけでなく、祖国の命運を危険にさらしていたでしょう。もし慎み深いルツが自分の合法的な権利をボアズの足下で、近親者に関する律法にしたがって要求することを恐れていたなら、まちがいなく、彼の花嫁には決してならなかったでしょう。また、ダビデから始まって人の子で終わる、王たちの長い誉れある系図の源になることもなかったでしょう。私たちの不信仰な恐れや弱気な臆病さのせいで、間違いなく、私たちは贖いによる多くの権利を失ってきました。間違いなく、私たちの復活・昇天した主の御名の中で嗣業を要求する、大胆な輝かしい確信は神に喜ばれるものです。この美しいたとえ話の意味・教訓は次のことであると私たちは信じます――すなわち、私たちは大胆に私たちの父であり私たちの友である方に進み出るべきなのです。たとえ扉が閉ざされているように思われても、あるいは、いかなる落胆が私たちの道を横切ろうともです。ある人は「人が抱える諸問題で成功を収める秘訣は、多くの場合、豪胆さである」と言いました。少なくとも、クリスチャン生活と信仰には、聖なる大胆さなるものが存在します。それは極めて深い謙遜さと矛盾するものではありません。また、そのおかげで、旧約聖書のモーセ、ヨシュア、エリヤ、ダニエル、そして、新約聖書のツロ・フェニキヤの女や栄えある信仰の使徒は勝利を得たのです。キリスト教時代における福音の真理と宣教の勝利の先駆者だったルターたちやカーレーたちについても同じです。


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 叩く祈りがあります。この祈りに対して「叩け、そうすれば開かれます」という約束が与えられています。これは求める以上のことです。これは人生の大きな障害、閉ざされた扉のような状況、青銅の門、堅固な山々のような妨げを乗り越える祈りです。この祈りは、昇天された主の御名の中で、また、調停者としての主の権利と力との交わりの中で、すべての障害物をくぐり抜け、すべての敵を踏みにじります。これは天の門を叩いて、気乗りしない神から答えを強要する祈りというよりは、答えと約束を受け取って、それを敵の門にぶつけて――信じるイスラエルの軍勢の歩行と叫びの前にエリコの壁が崩れたように――打ち倒す祈りです。これは私たちの昇天された主の傍らでなされて、主が与えると約束されたものを要求し、その力ある御名の中で、主がすでにご自身の王的祭司職とすべてに打ち勝つ執り成しによって命じておられることを命じさえする祈りです。これは神の全能の力を握って、それを私たちの全能なるかしらとの交わりの中で用いる信仰です。そして遂には、御名がみこころに逆らうすべてのものに打ち勝ち、曲がったものは正され、青銅の門は開かれ、鉄の枷は粉々になるのを目にすることになるのです。
それは神と共に山の上に立っていたモーセのようです。ヨシュアが眼下の平野で戦っている間、モーセが勝利の信仰を意味する両手を上げると、ヨシュアの軍勢はその上げられた両手と歩調を合わせました。その両手が上がると戦線を進め、下がると引きました。最終的に、高き所で振られた両手によって戦場で勝利が得られ、「エホバ・ニシ、主はわが旗」という記念すべき御名が宣言されました。この御名は代々にわたって私たちの標語となりました。こう記されています、「主は誓われたからである。主は代々にわたってアマレクと戦われる」。私たちの手が主の御座を握る時、主は私たちのすべての敵と戦われます。そして、敵は主の勝利のみこころの前に倒れます。

 それは自分の天幕で跪いていたデボラのようです。その日、バラクがイスラエルの軍勢を率いてシセラの軍団を攻撃しました。デボラはこの輝かしい戦争の押し寄せる潮流を自分の偉大な心の中に感じ、自分の信仰と祈りの鼓動によって戦いの優劣を知りました。そして遂には、幻の平野でその戦いを戦い抜きました。そして彼女が最後の輝かしい攻撃を要求して、最後の敵に逃げるようエホバの御名の中で命じた時、おそらく彼女の目は戦場をまったく見ていませんでしたが、彼女の勝ち誇る霊は信仰の勝利の中で叫びました。「ああ、私の魂よ、力強く踏みにじれ」。彼女の魂は敵を踏みにじりました。彼女の霊はエホバの力を意識して勝利しました。彼女の信仰は敵の諸々の門を叩いて、遂に堅固な壁は塵の中に崩れ落ち、青銅の門は粉々に粉砕され、空の旋風のように散らされました。これが「大いに力がある」「効果的な祈り」です。


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祈りに関する手引き

 祈りの最も単純な形は求めることです。「求めよ、そうすれば与えられます」。これは祈りの最も初歩的な形です――ごく単純な言葉や方法で自分の嘆願を神に伝えます。私たちはまぎれもなく次のように教わっています。極めて平凡で不完全な要望でも、恵みの御座で真摯に述べられるなら、私たちの天の父はそれに注意を払って応答して下さるのです。ひょっとしたら、誠実な心で求めた結果が空しく終わることは決してないのかもしれません。たとえ、無知や経験不足のせいで、効果的な祈りの諸原則や条件を部分的にしか理解していなかったとしてもです。幼児の無力な叫びが母親の心に届くのに優って、神の子供たちの口から発せられた欠乏と嘆願の極めてか弱い喘ぎは神の心に届くのです。

 より高度な祈りの形があります。「捜せ、そうすれば見い出します」。これが意味しているのは答えを受けるまで神を待ち望む祈りです。神の指示に従順に従って、その答えを追い求めて、遂には求めるものを、光であれ、健康であれ、高き所からの力であれ、すべて見い出す祈りです。

 これは主に聞き、主の答えを聞くために耳を澄まし、それにすぐ従う祈りです――「日々彼の門の傍らでうかがい、彼の戸口の柱のわきで待つ」。「主を知ることを求め続け」るなら、それに続いて、全き光、助け、祝福を見い出します。なぜなら、祈りは求める以上のことだからです。祈りは受けること、待つこと、主を学ぶことであり、会話、交わりです。その中で主は多くのことを語られますし、私たちも多くのことを学びます。この祈りにより私たちは頻繁に主の平安、主の天的な愛と力のバプテスマ、生活上の問題の主による解決を受けてきました。これについて主は次のような約束をたびたび繰り返して述べておられます、「あなたを待ち望む者がはずかしめを受けませんように」「私はヤコブの子孫に『私を尋ねるのは無駄だ』とは言いませんでした」「主を求める者たちはいかなる良いものにも欠けることはない」。なぜなら、祈りは物を求めることである以上に、主ご自身を求めて、あの交わりの中に押し入ることだからです。この交わりは他のあらゆる賜物よりも優っており、それと共にあらゆる必要な祝福をもたらします。


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