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 さて、私が言わんとしていることがおわかりになるでしょうか?個人的経験を述べたことをお許し下さい。しかし、原則を見て下さい。さて、三千マイル離れていて――世界時間で五時間異なっているのに、教会が祈るまさにその瞬間、遠くで何かが起きます。天上の敵が影響を受けます――天の権威、そして地上の状況が影響を受けます――地上の権威、教会が御座に触れるのです!今そのようなものがほしいと思わないでしょうか?あの「天におけるあらゆる権威」の衝撃力の下に来るべき悪の軍勢が天上にいるのではないでしょうか?諸教会から成る宇宙教会においても、あの「地におけるあらゆる権威」をもたらして諸教会を変える必要がある諸々の状況が存在するのではないでしょうか?宇宙教会はそのための器であり、そのための道具です!ああ、十字架の力と復活・昇天した主の権威というこの立場にある各地の集団が必要です!これが大いに必要です。あなたが自分の場所に戻ったら、これについて主に尋ねて下さい。ああ、いわゆる「祈りの戦い」や悪魔を直接攻撃する「技術」に注意して下さい。注意して下さい、彼はあなたを滅茶苦茶にしようとします。彼は自分の時を待っています。十字架の中に隠れなさい。覚えておいて下さい、これをなすのはあなたの力やあなたの知恵ではなく、十字架に付けられた器です。

 しかし、ああ、主はその種の使命の回復を必要としておられます。それはこれで終わりではありません。来るべき諸々の時代における教会の使命を私は述べました――ああ、その時は悪魔に対抗するためではなかったかもしれませんが、過日私は御言葉を引用してあなたたちに「私にはその意味がわかりません」と告げました。その御言葉とは、「あなたたちは知らないのですか?」とパウロがコリント人たちに述べた箇所です。「私たちは御使いたちを裁くことになるのです」。私たちが御使いたちを裁くですって?これが意味するのは、御使いたちは悪を行っているとか、私たちによって永遠に裁きの中に入れられるということではありません。それが意味するのは統治です。何をなすべきか、彼らに何が要求されているのかを彼らに告げるのです。ああ、その意味、それが一体全体何を意味するのか、私にはわかりません。しかし、御言葉は「私たちは御使いたちを裁くことになるのです」と述べています。来るべき諸々の時代にわたって、キリストの管理上の道具となるのは教会です――そして教会は今、管理を学ばなければなりません。


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 私は以前、一九二五年の私の初のアメリカ訪問に関する個人的経験について、あなたたちに話したと思います。当時、私はまさに教会の偉大な諸原則について、十字架と教会について学んでいるところでした。そして、私はボストンのある教会の集会に話をしに行きました。私は自分のホテル、自分の部屋に入りました。そして、そこに入った時、戦いと暗闇と悪の恐ろしい感覚が私の上に臨みました。それはあまりにも恐ろしいものでした。しかも、私はすぐに奉仕しに行かなければなりませんでした。私は言いました、「具合がよくありません、このような状態で行って奉仕することはできません、何かが起きようとしています」。それは本当に恐ろしかったのです。アブラハムはいわゆる「大いなる暗闇の恐怖」を知っていました。それは私にとってそのようなものでした。そして私は、敵との戦いについて自分が知っている手段を用い始めました。たとえば、「神の御言葉である御霊の剣」を敵に対して用いることや、血潮に訴えること等です。しかし、何も起きませんでした。何も起きませんでした。私は、この霊の戦いを戦おうとして、その部屋の中を行き来しましたが、決して切り抜けられませんでした。私は主に叫びました、「主よ、これはどういうことでしょう?あなたは何を語っておられるのでしょう?私はあなたのみこころから外れてしまったのでしょうか?私はここにいるべきではないのでしょうか?これはどういうことなのでしょう、主よ?」。すると次のような明らかな返事が私に臨みました、「主の民のあなたのための祈りの中にとにかく立ちなさい」。さて、これはとても単純ですが、私は自分の部屋の中で言いました、「私は主イエスの御名によって、私のためにささげられている教会の祈りの効力の中に信仰によって立ちます」。するとそのようにして、この問題はすっかりなくなったのです!私たちは切り抜けたのです!

 さて、話はこれで終わりではありません。私はロンドンの私の兄弟たちに書き送って、私の経験について彼らに話しました。一人の兄弟が返事をして言いました、「ロンドンとボストンの間の五時間の時差を考慮に入れて、それが起きた正確な時刻をどうか私たちに知らせていただけないでしょうか。それが起きた時間を私たちに教えていただけないでしょうか?」。そこで、それが起きた時間を私は彼らに書き送って告げました。彼は返事を書き送って言いました、「まさにその時、私たちは祈りのために集まっていました。私たちはあなたが大きな戦いに遭っているのを感じて、あなたのためにその戦いを取り上げて祈り抜かなければならないと感じました。そして、私たちはそうしたのです」。


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十字架に付けられた教会は一つの器、一つの道具である:御座に触れる

 兄弟たち、私は間もなく終えることにします。しかし、私は、今と来るべき諸々の時代における教会の地位に大いに迫りたいと思います。これはとても大きな問題なので、私は一点に集中して、あなたを試して助けることにします。私たちは祈りの問題に集中することにします。私は確信していますが、なされるべきすべての回復の中で、私が今述べようとしている方法による、祈りの回復がとても、とても重要です。

 親愛なる友よ、教会がその正しい立場にあり、適切に構成されるとき、教会の立場はいかなるものか、あなたは見たことがあるでしょうか?今、私は宇宙的な教会について述べているのではありません。それについてはこれが当てはまります。しかし、ある地元の教会について考えることにしましょう。キリストはどこにおられるのでしょう?――「彼は神の右手に座しておられます」。右手は何を意味するのでしょう?――権力の地位、権威の地位、統治の地位です。右手――彼はそこに「彼のからだである教会のかしら」としておられます。彼は天と地のあらゆる権威を賦与・授与されています!あなたはこれについて時々疑問に思ったことはないでしょうか?物事の成り行きを見て、地上のこの世におけるキリストの権威について疑問に思ったことはないでしょうか?これ――天と地のあらゆる権威――についていぶかったことはないでしょうか?さて、親愛なる友よ、主イエスの十字架・復活・高揚に基づいて適切に構成された、宇宙教会の一つの核をどこかの場所に――宇宙教会の一つの核をどこかの場所に――あなたが得るとき、あなたは御座に結合されます。そして、その基礎に基づいて、そのような道具として、あなたが祈る時、あなたは地上で天上の事柄に触れることになります。私たちは何かを失ってきたのではないでしょうか?


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 さて、教会に関して、その性質と目的について、現在及び永遠にわたって、神はどのような御心をこの選びの器に関して永遠の昔から抱いてこられたのでしょう?それは何でしょう?神の御旨における教会の存在理由は何でしょう?それ自身が十字架のこのあらゆる意義の器、具現化となるために他なりません。その務めや奉仕者たちと同じように、教会もまた、十字架に付けられたキリストを宣べ伝えて、神を知るすべての知識を聖霊によって人々にもたらす、十字架に付けられた教会でなければなりません。その教会は十字架に付けられた教会です。ああ、十字架で起きた打撃をあなたたちは最初に見ました。この朝の黙想の最初に見ました――この世の人々だけでなく弟子たちに対する打撃でもありました。彼ら自身の人性が十字架でどれほど打撃を受けたのかを私たちは見ました。彼らは粉砕されて、主イエスの十字架に至った時、残っているものは何もない人々でした。主イエスの復活の中で、教会は始まります。彼は散らされた破片を集め、至る所でその器を再び一緒にします。しかし、それは別の立場に基づいてです。なぜ彼は四十日間とどまられたのでしょう?なぜでしょう?――確実に彼らを新しい立場の上に立たせるためです。新しい立場である復活の意義を確実に彼らに把握させるためです。また、どうして彼は彼らをはるかベタニヤに導いて、はっきりと見える様で彼らから離れて栄光の中に入られたのでしょう?――教会は新しい立場の上に、今や天的立場の上に、天的立場の上にあること、そして、教会の本部はエルサレムではないことを、彼らに知らしめるためです。教会の本部は天にあります!すべては今や天から支配されなければなりません。それは高く上げられたこの人のためです。彼がかしらであり、統治者です。しかし、それは天的です。

 私はあなたに理解できない言葉を使っているでしょうか、それとも、あなたにとって嫌というほど知っていることでしょうか?キリストはこの新しい人類の代表者として天で任命されました。そして、天から遣わされた聖霊は、すべてを統治し、すべてを対処し、すべての事柄やすべての人の中で働くためです――第一に、古い人類とその発達を裁いて追放するためであり、第二に、この別の人類を開始・発達させるためです。これが聖霊がここにおられる目的です。

 ヘブル人への手紙の著者は、これを父親、子供、息子に関してとても単純化しています。なぜなら、この手紙は「わが子よ、主の懲らしめを軽んじてはならない」と述べているからです。主の懲らしめ――父親が自分の子を懲らしめるのと同じです。では、子を持つ父親であるあなたについてはどうでしょう、あなたは彼らをどのように扱っているでしょうか?さて、あなたはこのような言い方をしないかもしれませんが、これが新約聖書が言わんとしている意味です、「私はあなたを一人前にするつもりです。私はあなたを一人前にすることに取り組んでいます。私がしていること、私がそれを行う方法に関して、時としてあなたはあまり幸いに感じないかもしれません。しかし、私はあなたを一人前にするつもりです」。パウロはこの人々に向かって、「ただの人のようであることをやめなさい」と述べています。聖霊が発達させるために降臨されたのは、ひとりの人、ひとりの人間、「キリストにあって人の完全な身の丈」に至る人種です。これはパウロの実際の言葉です(そして、これは兄弟たちにあてはまるのと同じように姉妹たちにもあてはまります)。キリストにあるひとりの人です。みな、キリストにあるひとりの人です。「キリスト・イエスにあってみな一つ」という御言葉の完全な翻訳を翻訳者たちが私たちに与えていないことを、私は残念に思います。そうではなく、「みな、ひとりの人」です。それは男性です。「みな、キリスト・イエスにあってひとりの人」です。そして、聖霊の御業は私たちからひとりの人を造ることです。ああ、そうです、しかし、あの人にしたがっている人です。これはあの人性にしたがっているでしょうか?すべてはあの人性にしたがっているでしょうか。このためにイエスは地上に三年半おられました。人の中の人ですが、他のどの人とも異なります。すべては「御子のかたちに同形化」されます。


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 十字架についての私たちの会話に注意しましょう。ああ、十字架についてどのように話すのかに注意して下さい。多くの人々が私のもとに来て、「私が十字架の教えに辿り着いたのはだいぶ前のことです。私は十字架のメッセージに辿り着きました」と言います。兄弟たち、十字架が何らかの「事柄」になってしまったことがわかります。「十字架は、聖霊によって、私の内に何事かを為しました。それによって、十字架は教理、理論、話題を遥かに超えたものになりました」と言える方が、どれほど遥かによいでしょう。「あなたがあまりに大声で話すので、あなたの言うことが聞こえない」という古いことわざ、古い格言があります。確かに、この格言には一理ありますが、私はあなたが述べていることを見たいのです。

 そうです、務めは十字架の立場に基づく御霊による務めでなければなりません。聖霊は務めの中に何を許されるでしょう?彼は務めの中に何を許されるでしょう、務めの中に何を許されないでしょう?先に進むにつれて、あなたはこれについて多く学びます。私が宣べ伝えの分野に大いにのめりこんでいた昔のことです。それは十字架の一大転機の前のことでしたが、私は良い説教を準備するために熱心に働きました。説教を造り上げるために何でも掻き集めました。色々なところから引用や様々な詩を掻き集めました。後日、私は説教をしました。そして、説教のさなか、私は強調するためにある詩人から引用しました。するとその時、私の説教は底が抜けてしまったのです。すべて台無しになってしまい、私は最後に辿り着くためにもがかなければなりませんでした。私は家に帰って、これについて主に近づきました。その詩人(とても有名な詩人です)について調べた時、主は私に言われました、「その詩人は現代主義者であり、自由主義の神学者であって、キリストのパースンと贖いに関する偉大な数々の真理を信じていないことを、あなたは知っていますか?――それなのに、あなたは今朝彼を味方として引用して、あなたの説教を成功させようとしたのです!」。私はその日、一つの教訓を学びました。一生ものの教訓です。真に私たちが十字架の下にいるなら、親愛なる友人たちよ、御霊が許されること、許されないことがわかるようになるでしょう。十字架にはこのような意味があることを私たちは見い出します。あの領域では、すべての底が抜けてしまいます。私は細かすぎるでしょうか?ああ、務めに対してはそんなことはありません。私は務めの何たるかを定義しました(説教壇の務め、講壇の務めだけでなく)クリスチャンの機能についても定義しました――それはキリストを供給することです。キリストを与えること、これが務めです。そして、この務めは十字架から発しなければなりません。なぜなら、この務めはそこから始まるからです。パウロの務めはそこから始まりました。十字架があらゆる真の聖霊の務めの源でなければなりません。


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